第64話

煙草を吸い終えると、泡が少なくなったビールを飲み一息つく。


「やりたい事かあ。

 いきなり夏休みをゲットしちゃったから、どうしていいんか解らんや」


「去年はどう過ごされてたんですか?」


「実家に顔を出したり、ご先祖さんの墓参りに行ったりとか」


「至って普通ですね」


「何を期待してたんだよ」


「夏休みの間に、何人の人とセック…」


「アホかっ!

 んなAVに企画ものみたいな事しねえわ!

 いい加減、私を性欲の塊みたいな目で見んのやめろ!」


「何を仰いますか、あたしはいつだって穏やかで優しい女神の瞳で、蓮の事をおもしろおかしく見てるに決まってるじゃないですか。

 こんなに弄り甲斐のある人、なかなかいないですし」


「おいこら、表出ろ。

 貴様とは拳と拳で語り合った方が良さそうだ」


「ぼ、暴力反対!」


言ってから、お互い見つめ合うと、どちらともなく吹き出して笑った。


「で、夏休みはどうするんですか?

 実家に帰省するんですか?」


言い終わると、3杯目のビールを頼む椿。


「ん~…。

 墓参りは考えてるけど、実家には行きずらいかな」


運ばれてきたビールを飲みながら、椿は蓮をちらりと見る。


「喧嘩でもしてるんですか?」


「いや、そんなんじゃないよ。

 ちょっと前に、父さん再婚してさ。

 今、新しい奥さんとラブラブしてるから、邪魔したくないっていうか。

 前にニュー奥さんにお逢いした事はあるし、悪い人ではないんだけど、何かお互い気を遣っちゃうんだよ。


 あ、私の母親は、私が中学の時に事故で死んじゃったんだ。

 車に撥ねられそうになった私を、庇って死んじゃった。

 ドラマや映画みたいっしょ?

 横断歩道を渡ってたら、信号無視をした車が突っ込んできて、動けない私を母さんが突き飛ばして、母さんが轢かれた。

 流れるような出来事で、何が起きたか解らんかった」


前を向きながら、遠い記憶を見つめながら、話す蓮の横顔を黙って見つめる。


「人って脆くて儚いよね。

 まさか死んじゃうなんて思わなかった。

 車を運転してた人に何回も謝られたけど、謝られても母さんが生き返る訳でもないし…。


 残された私を養う為に、父さんは朝から晩まで仕事を頑張って。

 私は父方の祖父母に面倒を見てもらったり。


 幸い、私はグレずにきちんと進学して、高校生になったらバイトもして、家に微々たる金を入れて。

 けど、父さんはそのお金は一切使わずに取っておいてくれて、大学受験したいって言ったら、そのお金を大学の費用に使いなって。

 私には勿体ないくらいの、優しい父さんだよ」


そう言うと、蓮は嬉しそうに微笑んだ。

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