第61話

「ほらっ、まじで熱中症になっちまいますから、さっさと帰りましょうか。

 あ、夕飯の買い物も行かないと。

 蓮は先に帰ってますか?」


少し考えた蓮は。


「今日は外で夕飯食おうよ。

 明日から働かなくていい、今日から無職ニートになった私に祝杯を」


「自虐的な事を言わんで下さい。

 セコムとか、自宅警備員とか、言い方は色々ありますでしょ」


「結果的に変わらんさ。

 あ、私ちょっと行きたいところがあるから、先に帰っててくれる?」


「自暴自棄とか起こされそうで怖いから駄目です」


くくっと苦笑いを浮かべる蓮に、椿は片眉を上げる。


「変な事はしないし、変なところにも行かんて。

 事が済んだら連絡するからさ」


怪しげな感じはない事を察し、ふうっと溜め息を吐く椿。


「解りました、蓮の言葉を信じます。

 でも、何かあったら必ず連絡して下さいね、約束ですよ」


「解った解った。

 すまん、この荷物だけ持って帰って。

 じゃあ、後でな」


「暑いんですから、ちゃんと水分補給するんですよ!」


ひらひらと手を振ると、蓮は駅の方へと歩いて行ってしまった。

一抹の不安はあるものの、蓮を信じるしかない。


「…とりあえず、帰って掃除でもしますかね」


独り言を呟くと、ゆっくりと歩き出した。

陽射しはすっかり夏の色。

眩しくて暑くて、肌にじりじりと痛い。


日に焼けても、力で治す事が出来るから問題はない。

のんびり歩きながら、どうやって帰るか考える。

まだ夕方ではないから、電車もそこまで混んでいない。

なら、自分も電車で帰ろうか。


駅に着き、切符を買い、ホームへ向かう。

人の数はまばらで、通り過ぎる電車の音が大きく聞こえる。

何て事のない、ありふれた平日の午後。


やって来た電車に乗り込み、空いていた席に腰を下ろし、発車を待った。

暫くするとドアが閉まり、電車は静かに走り出す。


向かいの窓から、外の景色を眺める。

昔とは変わり過ぎた『世界』

森林はなく、コンクリートに染まった街。

進歩した技術。


技術が進歩の一歩を踏み出しても、人の心の悲しみや孤独までは癒せない。

癒す薬もない。



蓮の悲しみや孤独は、誰が癒すのだろう



ふと、そんな事が頭に浮かんだ。

自分にそこまでの力はないから、きっと無理だろう。


誰か寄り添ってくれる人が出来たら、少しは変わるのだろうか。

けど、蓮の傷は深いから難しいかもしれない。


やめよう、見えない話に答えを求めるのは無意味な事だ。

下車する駅に到着するまでの間、ぼんやりと景色を眺めていた椿だった。

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