第59話

蓮がキレてしまっているが、怒鳴り声をあげるでもなく、あくまで冷静でいる事を察した椿は、黙って行く末を見守る事にする。


「もういい加減うんざりなんだよ。

 我慢しまくってた私も悪いけど、周りのあんたらもご都合がよろしいよな。

 自分が目をつけられたくないからって、クソババアを持ち上げたりご機嫌取ったり。

 私を生贄にして、自分は無害になれてんだから、胸を撫で下ろせて良かったな」


ぎろりと周りを見ると、皆そっと視線を反らす。


「よってたかっていじめに加担して、あんたらも加害者だからな。

 けど、1番許せねえのはあんたらだ」


2人を睨みつける。


「ボコボコに出来るんならしてえよ。

 出来ないのが悔しいくらいだ。

 殴る価値もないのも、解っちゃいるけど」


作業着の上着のボタンを外し、上着のポケットから煙草とライターを取り出すと、着ていた上着を脱ぎ捨てた蓮。

Tシャツが露わになる。


「もうこんな場所にいたくもねえ。

 未練も糞も何もねえわ」


煙草を手に持ったまま吐き捨てた。




「もうこんな糞会社辞めっから」




周りを一瞥すると。




「くそお世話になりました。

 倒産して路頭に迷っちまえ、糞共が」




言い終えると皆に背を向け、蓮はその場を後にした。

背中に視線を感じたが、1度も振り返る事もなかった。


ロッカールームに行き、着替えを済ませると、必要な荷物だけまとめてリュックに入れた。

怒りはまだあるが、清々しさも出てきた。


「蓮」


呼ばれて振り返れば、そこに椿がいた。


「誰か来たらどうすんよ。

 早くピアスに戻れって」


「それはそうなんですけど…。

 大丈夫ですか?」


「大丈夫だよ。

 むしろ、めっちゃ気分いいかな。

 無理もしてないし、強がってもないって」


言い終わると、蓮は笑ってみせる。


「さっさと帰ろう。

 空気も悪いしさ」


「そうですね。

 あの、蓮」


「ん?」


「こんな事を言っちゃいけないのは解ってるんですが…。

 あたしの事で怒ってくれたの、ちょっと嬉しかったです」


「あんたを理由にして、私が勝手にキレただけだよ。

 ほれ、ピアスに戻れって」


蓮は椿の頭をくしゃっと撫でると、意地悪な笑みを浮かべたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る