第55話

昼の休憩を終え、作業場に戻る。

食後の眠さを堪えながらの作業は辛い。

が、もっと辛いのはお局の存在だが。


作業に集中しながらいると、少し離れたところからお局の声が聞こえてきた。

機嫌がいいのか、声がいつもより楽しげだ。

こちらの気も知らないで、ご身分だなと思うも気持ちを落ち着ける。

お局が蓮のところに来るまで、そう時間はかからなかった。


「こんにちは、水野さん。

 相も変わらず真面目に仕事してて偉いわね」


「こんにちは」


それ以上は何も言わず、視線もそちらに向けずに手を動かす。


「ねえ、あたしこの前、面白いの見たのよ。

 見たい?」


「……。」


何も答えずにいると。


「ね、見たいでしょ?」


しつこいな。

溜め息を吐いてから、手を止めてお局の方を見る。


「何ですか?」


露骨に嫌な顔をしてみるも、何の意味を持たないのは解っている。

そんなもの、お局には痛くも痒くもないし、もとより何も気にしていないのだから。

気にしているのなら、今すぐこの場を去っている。


「これなんだけどね」


作業着のズボンのポケットから、ごそごそと何かを取り出した。

彼女の携帯だった。


「…作業中に携帯を弄るのは駄目なのでは?」


「ふふふっ、すぐにしまうから大丈夫」


慣れた手つきで携帯を弄り始めるお局を、黙って見ている。

その表情は、とても楽し気で。


「ほら、これっ」


蓮に画面を見せる。


「これ、水野さんでしょ?」


画面に映しだされていたのは、蓮と椿の姿だった。


「この前、水野さんを見掛けたから、写真撮ったんだ」


それが2人だと、しっかり解る。


「ねえ、腕組んで歩いてたけど、こちらの方と付き合ってるの?」


下卑た笑顔で。

それはそれは楽しそうに。


「貴女、そういうご趣味があるって事?」


周りで作業をしていた人達にも、聞こえる大きさの声で。

ちらちらと、こちらに視線が向けられる。


「ほらあ、こんなご時世だし、多様性?とか、ジェンダーレス?とか、そういうのに理解はあるつもりよ?

 けど、こんな身近なところに、そういう人がいると思わなかったから、びっくりしちゃった」


驚いた様子は、微塵も感じられない。

むしろ、楽しんでいるようにしか見えない。

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