第53話

蓮に無理をさせ過ぎてるな…。



絶対的に今の職場で、仕事をしていかなきゃいけない訳じゃない。

こんなご時世だし、仕事も職種も沢山ある。

給料の良し悪しはるにせよ、それでもここよりもましな場所はあるのだから。


あたしは出来る事もあれば、出来ない事もあって。

出来るんだけど出来ない、の方が正しいだろうか。

いろんな制約があるから、動けない事も多い。


蓮だけに気持ちを偏らせてはいけないのは解ってる。

過干渉になってもいけない。

世の中のバランスも考えなきゃいけないし、蓮を見ながら他の人の事も出来る限る観察しなくては。

星の数よりも多いであろう、人間の事を知らなくてはならない。


けど、こうして契約者の傍にいれば、情の1つや2つも沸いてくる。

それは人間と同じで、神様にも『感情』があるから。


傷付いた人を見れば『悲しい』

涙を流す人を見れば『切ない』

そんな感情だってある。


今の蓮は壊れてしまいそうだから。

自立していて、金銭の事を考えれば、安易に転職する事にリスクが伴う事も解っている。

けど、無理をするのと、踏ん張る事は違うと思うの。


環境を変える事の怖さ。

人は変わる事、変える事に躊躇しがちなのも知っている。


あたしは…何処まで蓮に言葉を掛けていいんだろ。

友達でもなければ、家族でもないし、恋人でもない。

あくまで契約上だけの、紙切れ1枚だけの関係。


前に契約していた人のように、自死をしてしまったらどうしよう。

気にしすぎる不安は良くないけど、気にし過ぎない安易さも良くない。

自死しないなんて言いきれないし…。


不意に前の契約者の顔が浮かぶ。

食事は栄養サプリと、カップラーメンと、エナジードリンクで痩せていった体。

無くなっていった笑顔。


出来る限りはした。

したつもり。




けど…。




前の契約者は女性で、私はその時は男で。

彼女の望む容姿にして。

彼女はあたしを好きだと言っていた。


眠れぬ彼女を、抱き締めながら眠った時の温もり。

重ねた肌の熱も覚えている。


そんな彼女の最期は、瞬きよりも短いように思っている。

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