第47話

「しょっぱい話ばかりしてしまい、申し訳ありません。

 暗い話はこの辺にして、明るい話題にしましょう」


ぱちんと両手を重ねて音を鳴らす椿を見てみる。

無理をしている感じはなさそうだ。


「明るい話ねえ。

 何かあったかな」


「蓮がおねしょをしていたのはいつまでだったとか」


「そんっっな事、話す訳ないだろ!

 てか、よりにもよって何でそんな話題がパッと浮かぶんだよ!」


「蓮の気持ちをほぐしてあげようと思ったんですがねえ」


「ほぐれんわ!

 もっと他の話にしようや!」




そこからは先程の雰囲気は一変し、楽しいお喋りが始まった。

蓮も椿も、頬や腹が痛くなるくらいに笑った。

酒もいつもより進む。

時間が気にならないくらい、2人の時間を楽しんだ。


「やっべ、終電間に合わねえわ」


「じゃあ、またタクシーを捕まえましょうか」


「金勿体ないって」


「気にしないで大丈夫ですって。

 駅のタクシープールに向かいましょう」


先に歩き出したのは椿だった。

後ろからついていこうと、歩き出そうとした時。

2歩、3歩先にいた椿が、不意に足を止める。

そして、くるりと振り返る。

柔らかな髪が、ふわりと舞った。


「ご主人が亡くなると、あたしは空に戻るんですが」


「ん?」


何の話だろうと少し考え、先程椿の過去の話の事だと察する。


「空に戻ると魂だけになるんです。

 人間界にいる時の体は空で浄化され、綺麗な体に戻ります。

 いろんな人にいろんな事をされた体ですが、病気も何もないんで、安心して下さいね」


椿は微笑んで言った。

言われた事の意味を理解する。

胸が苦しくなる。

思わず胸元のTシャツを、ギュッと掴む。


「何でいきなり、そんな事言うんよ…」


少し考えたような顔をした椿は、もう1度『笑う』


「あんな話をしちゃったフォローですかねえ」


きっと打ち明ける事だって、苦しくて辛かった筈なのに。

どうして『笑って』言うんだろう。


「…無理して笑うなって」


「無理はしてないから大丈夫ですって。

 よし、じゃあ改めて行きましょう」


前を向いて歩き出す椿の背中が、悲しそうで哀しそうで。

気の利いた言葉の1つ浮かばない。

いや、浮かばないだろう。


そしたら、どうしたらいい?

どうしたらあの背中は『泣き止んでくれるのだろう』

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