第48話

少し急いで椿の後ろについた蓮は、椿の左手首を掴んだ。

いきなりの事に驚いた椿は、すぐに振り返る。


視界に入る、蓮の悲しそうな瞳に言葉を失った椿は、しばし蓮と見つめ合う。

お互いに言葉もないまま、僅かな時間が流れた。


「あんたは、綺麗だ」


その綺麗な瞳は、真っ直ぐな言葉をもっとダイレクトに伝えてくるようで。

どんな反応をすべきか解らず、椿はそのまま動かずにいる。


「誰が何て言ったって綺麗だ。

 …誰にもあんたの事、悪くなんて言わせないから」


想いの籠った目は、茶色いビー玉のように見えた。

思わず見とれてしまいそうになる。


「ど、どしたんですか急に」


椿の言葉に、蓮は掴んでいた椿の手首をそっと放す。


「…言いたくなったから、言ってみただけだよ」


そう言った蓮は、椿の横を通り過ぎる。


「行こう」


蓮の言葉に頷くと、椿は口を開く。


「ねえ、蓮」


今度は蓮が振り返る。


「長生き、して下さいね。

 蓮と一緒にいるの、すんごい楽しいんで」


「長生きするか、短命かって、まさしく『神のみぞ知る』って奴じゃん」


クスっと笑った蓮が答える。


「実際、人々の生死が解るのは、死神だけですけどね。

 あたしは蓮がどれくらい生きるか解らないけど、出来る限り長生きして下さい。

 蓮が長生きしてくれるなら、何でもしますから」


蓮は1度口を閉じ、椿の言葉を待つ。


「いろんな人と契約をしたり、出逢ってきましたが、蓮みたいな人は初めてなので、余計に興味が湧くって言いますか。

 何でしょうね、こう、不思議な感じです」


ふっと笑った蓮は。


「私が言える立場じゃないけどさ」


悪戯な瞳で。


「もっと自分を大事にしろっての。

 相手に尽くしてばかりじゃ、損する事だってあんだろ。

 気楽にいこう」



益々面白い人だな、と椿は思う。

こんな人間もいるのだとも。


「ほれ、帰んぞ」


歩き出した蓮を見て、椿も歩き出す。

追い付いて、並んで歩いて見上げた空に、薄い雲がかかった月が見えた。

どちらともなく、心の中で綺麗だなと思った。



「…今日は楽しかった、ありがと」


「いえいえ、こちらこそ。

 あたしも楽しかったです。

 また行きましょうね」


「ん、そうだな」




いつもと違った夜。

いつもと違った2人。


ほんのちょっとだけ、互いを解れたそんな夜。

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