第45話

ビールを飲む事さえ忘れて、椿の口から出てくる言葉を、聞き逃さないように聞いていた。

自分は今、どんな顔をしながら話を聞いているのだろう。

ふと思ったが、頭を振った。


「おやおや蓮、ビールが温くなっちゃってますよ」


言いながら、残っていたビールを飲み干す椿。


「折角楽しいところに来たのに、暗い話なんてするもんじゃなかったですね。

 すみません、この話はここで終わ…」


「聞きたいって言ったら、怒る?」


「えっ?」


ぐいっとビールを飲み干し、手の甲で口元を拭いた蓮は、椿を真っ直ぐに見る。


「あんたの事、全然知らんから、さ。

 ちょっとでも知れたらと思って。

 興味本位と取られても構わないから」


真剣な瞳が、僅かに揺れたように見えた。

椿はふっと笑うと。


「途中で飽きたら、すぐに言って下さい」


2人のビールを頼もうとした時、タイミングよく先程の店員が料理を持ってやって来た。

出来立ての料理はどれも美味しそうで、蓮のお腹の虫も反応する。

頼んだビールが来てから、料理をいただいた。


「どれもこれも美味しいですね。

 茄子の煮びたし、生姜が効いてて美味し!」


「もつ煮込み、味噌の甘さが丁度良くて美味い。

 こりゃあ日本酒に合うな」


「くふぅ、自家製のお漬物も最高ですよう、蓮も食べてみて下さい」


この笑顔の裏には、どれだけの悲しみや傷が隠れているのだろう。

きっともっと沢山の、辛い事があっただろうに。

そう思うと、自然と椿の方に目線がいく。

当の椿は大きな口を開けて、茄子の煮びたしを食べていた。


食べ終わると。


「蓮、ここは店内で煙草を吸えるみたいですよ。

 灰皿、貰いましょうね」


隣の席の人が煙草を吸っているのを、椿が気付いたのだった。

灰皿を受け取った蓮は、早速バッグから煙草を取り出して吸い始める。


「話の続き、しても大丈夫ですか?」


椿の問いに、蓮は小さく頷いた。


「あたしも彼との生活は、とても幸せでした。

 たとえそれが、僅か1週間だけのものでも。

 彼は戦場に向かう事になりました。

 あたしは彼にお守りを託し、お守りの中にいる事に。

 聞こえてくる叫び声。

 伝わってくる体の震え。

 銃撃の音。

 返り血の暖かさ。

 気が狂いそうな中、彼は戦場を生き抜こうとした。

 けど、運命は残酷なものだから…。


 彼らがいた場所にもう敵はいないからと、場所を移動する事になった。

 その時、敵の飛行機がやってきて、彼らの隊はもろに銃弾を喰らいました。

 彼はお守りを首から下げていたのですが、お守りにも銃弾が当たり、彼のお腹から血が溢れ出て、お守りも血だらけに。

 最後の力を振り絞り、彼はお守りに、あたしにそっと触れ、『幸せ、でした』と言って亡くなりました。

 生き返らせる事は出来るけど、してはいけない。

 死なせたくなかったのに。

 どうして自分は、神という道を選んでしまったのか。

 あの時程、自分を憎んだ事はありませんでした」

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