第44話

新しい生を貰い、元気よくビールを飲む椿。

その姿を、蓮は暫く眺めていた。


「そんなに熱い視線で見なくても、あたしが美人だって事は重々解ってますから」


「ジョッキの底で、頭殴ったらその口は一生無駄口を叩かないかね?」


「か、神様に暴力とかいかんでしょうが!

 まあ、昔は殴られもしましたが」


「え、まじで?」


思わぬ発言に、蓮は目を丸くする。


「ざらでしたよ。

 優しくしてくれる方は勿論いましたが、中にはヤバい人も沢山いましたから。

 契約者は上の神がランダムに決めて、あてがわれます。

 昔は今よりも男性が偉いというのが支流でしたので、風当りが強かったり。

 あたしは結構男性の契約者に当たる事が多かったので、当たりかハズレか、いつもドキドキしてました。


 以前は今みたいに、犯罪歴がない人とか、心を病んでない人とか、そういう基準もなかったから、いろんな人にあたりました。

 暴力的な人、強欲な人、犯罪行為を繰り返す人等々。

 そんな人の傍にいなくてはならないのは、正直辛かったですね。

 あたしはただ、人々を幸せにしたいだけなのに、契約者が周りの人を不幸にする。

 いっそのこと、不幸の神にでもなった方が、楽だなと思った事もありました」


遠い昔の記憶を呼び覚ましながらも、その口調は静かで。


「金持ちにしろ。

 今すぐ抱かせろ。

 契約者が借金を返せない代わりに、やくざの親分に売られた事もありました。


 戦時中、戦後はお金も家もない契約者が多かった。

 体を売って金を稼いでこいと言われ、いろんな人の相手をした事もあります。

 逆らえなかったですね、『1つだけ無償で叶えてあげる』を使われてしまうので。


 まだ幼い子供が契約者になった事もありました。

 私が小さな契約者の前に現れ、契約の話を聞くと、涙を流しながら言うのです。

 『お母さんと、弟を生き返らせて!』

 それは出来ない、生き返らせる事はしてはいけないと言うと、幼い顔が悪鬼のような顔に変わり、罵詈雑言を投げつけてきて。

 あの表情は、ずっと忘れる事はないでしょう。

 人間は神を万能で、何でも出来て、何でも叶えてくれると思っている節がありますが、実際はそうでもないと思います。

 理を前にすれば、あまりにも無力ですからね…。


 その頃はリフレッシュ休暇なんてものはなく、契約者が亡くなったら、すぐに新しい契約者の元に行かねばならなかった。

 戦時中という事もあり、契約者は戦死したり、爆撃に巻き込まれて亡くなったり。

 …1人、とても優しい青年が契約者になりました。

 まだ幼さを残したその方は、あたしを嫁にほしいと言いました。

 『僕にはいずれ召集令状がきてしまう。お国の為に命を捨てる前に、ほんの少しでも『夫婦』ってものを知りたいんだ』と。

 そして夫婦となりました。


 その方はとても優しく、あたしを大事に大事にしてくれました。

 ある時、『2人の子供が欲しい』と言いました。

 けど、この体は姿形は人間と同じで、男女生殖器はありますが、子を宿す事は出来ない。

 無論、神と人間の子が出来てしまうのはタブーですので。

 その方は悲し気に、『そうか』と仰って下さいました」

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