第42話

定時まで一瞬だった。

そんな気がするくらい、滞りなく仕事は順調に終わった。

他の方々とも、久々にお昼を一緒に食べ、久々にいっぱいお喋りをして。


嫌な気分になる事無く、仕事を終えられたのは、いつぶりだろう。

鼻歌を歌いながら会社を出ると、ちょっとした所に椿が立っていた。

すれ違う男性は、椿に釘付けだった。


椿は蓮を見つけると、笑顔で手を振る。

その仕草さえ美しく、近くにいた男性達は息を飲む程だった。


「蓮、今週もお疲れ様でした」


「ありがと。

 …お出かけ用の服なんね。

 いつもの部屋着だったら、どうしようかと思ってた」


今の椿の服装は、白いワンピースに、白のヒール。

バッグは小ぶりな黒のサコッシュショルダー。

それでいて白く綺麗な肌に、黒の長い髪を下ろしているから、何処からどう見ても『綺麗なお姉さん』スタイル。


一方、普段の部屋での服装は、髪は適当にお団子にして、何処で買ってるのか解らないおもしろTシャツに、ジャージの短パンがてっぱんだ。

この前彼女が着ていたTシャツには、『復讐は正義』と達筆で書かれていた。

それを見た蓮は、何てツッコミを入れたらいいのか解らなかった。


「あたしだって、ちゃんとTPOくらい弁えますわい!

 それよりほら、早く行きましょう」


「へいへい」


昼間はずっと雨だったが、仕事が終わる少し前に上がった。

蒸し暑さはそのままに、相変わらず汗が体を流れる。


「満員電車に乗りたかないんで、タクシー捕まえましょう」


「ちょ、そんなん金が勿体ないだろ。

 電車で行くぞ」


「おっさんのべたついた肌が、あたしの肌に触れるの、心底嫌ですわん」


「ま、まあ、確かにおっさんのべっとりとした肌がくっつくのは、なかなかの不快感だけど…」


「おっ、丁度運よくタクシーが!

 へ~い、タクシー!」


ご丁寧に親指を立て、笑顔でタクシーに合図を送ると、タクシーの運転手はニコニコしながら車を停めた。


「○○駅までお願いします~」


「かしこまりました。

 いやあ、こんな美人の姉ちゃんを乗せられるなんて、今日はツイてるなあ」


「も~、褒めても何も出ませんよう(まあ、あたし美人ですけどね!)

 ほら蓮、突っ立ってないで乗って下さいな」


納得がいかなかったが、仕方なくタクシーに乗り込むと、エアコンの冷たい風が体を包む。


『お金の事は心配ご無用。

 全部こちらが持ちますので』


また頭に直接語りかけてきた。


『契約者に金銭の負担はさせません。

 こちらがお世話になっていますし、そういう決まりですのでご心配なく。

 派手な散財は出来ませんが、使っていいお金はたんまりありますので』


そういえば、前にそんな事言ってたっけか、と蓮は思い返す。

世話になるし、契約してもらうから、食費、光熱費、その他費用は、全部神様持ちだと。

蓮が稼いだお金は、そのまま貯金するなり好きなものに使うなり、好きにして下さいと。

こんな虫のいい話を聞いて、流石に疑いを掛けたが、嘘ではなかったと後で知った。



まあ、今日はいっか。

そう思った時、タクシーは静かに発車した。

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