第41話

いつものように迎えた朝。

約束の金曜日。

今日は仕事が終わったら、件の居酒屋に行く日だ。

予約は椿がしておいてくれたので、仕事の後に向かえばいいだけ。


梅雨と言う事もあり、天気は朝からどんよりとした空が広がり、しとしとと雨が降り続いている。


「今日も雨か。

 早く梅雨終わらんかな」


「人間にとっては鬱陶しい時期ですが、作物にとっては大事な雨なんですよ。

 梅雨があって、太陽の陽に照らされ、美味しいお野菜やお米が出来るんですから」


「解ってるけど、このジメジメだけは何とかしてほしいもんだよ。

 ジトっとした汗のせいで、肌に服がまとわりついてやだ」


「じゃあ、素っ裸で会社に行けばいいじゃないですか」


「バカ言うな!

 私に社会的に死ねって言ってんのか!?」


「蓮は頭にボウリングの球が当たっても、簡単には死ななそうですよね」


「はっ倒すぞ!」


賑やかな一時を終え、いつもの時刻に家を出た。

陰鬱な天気に、憂鬱な気持ちが混ざり合って、大きな溜め息が出てしまう。

今日も今日とて、仕事に行きたくはない。


「そんな顔しなさんなって。

 先にある楽しい事だけを考えましょ」


察した椿が蓮に声を掛ける。


「仕事をするのは構わないけど、嫌味を言われんのは嫌なんだよ」


「難しいかもですが、相手を意識しない事も大事です。

 あたしも傍にいますから、気持ちを少しでも前向きにしないとですよ」


「前向きねえ」


出来る事ならば、前向きにしたいものだけども。

それが出来ないから、しんどいのもある。




「え、今日お局休み!?」


ロッカールームで着替えていると、パートのおばちゃんが嬉々としながら教えてくれた。


「風邪引いて休みみたいよ。

 今日は久々に平和に仕事が出来るわ~」


思わぬ朗報に、蓮も顔が綻ぶ。

あれほど沈んでいた心も、ぷっくら浮かんできた。


『良かったですね、蓮』


頭に椿の声がして、一瞬びっくりする。


「…この頭に直接話し掛けてくるの、結構驚くんだが」


『今は蓮の近くにいれないから、こうするしかないんですもん。

 なんにせよ、今日は晴れやかな気持ちで仕事が出来そうですね』


「うん、そうかも」


着替えを終えて、朝礼をやるフロアに向かうと、いつもと雰囲気が違うのがすぐに解る。

皆、憑物が取れたような笑顔を浮かべながら、楽しそうにお喋りをしている。

いつもこうならいいのに。

きっと皆、同じ事を思っているに違いなかった。


朝礼が始まり、指示を受け、本日の仕事を開始した。

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