苦みは苦いままだったんだけど

第33話

祈りの効果は、特段期待していた訳ではない。

ので、1ヶ月が過ぎても、日々に特に変化がなくても、蓮は気にしてはいなかった。

祈って、願って何かが変わるのであれば、とうにやっている。

皮肉を込めたものではなく、ただそう思っただけだ。


いじめは相変わらずだし、しんどい事には変わらない。

朝目覚めるのも、なかなかどうして厳しいものがある。

…ただ、1つだけ救いがあるとすれば、椿との生活だった。


1人ではきっと、自分の気持ちを上に向ける事は出来なかっただろう。

朝目覚める時も、夜眠りにつく時も、椿がいてくれる。

その安心感に、感謝をしている。


蓮の好きな料理を作ってくれたり、一緒に散歩に行ったり。

また、ある時は。



「蓮~、朝ですよ~」


いつものように、椿の声で目が覚める。


「…会社、行きたくない」


「そんな蓮が会社に行きたくなるように、蓮が喜ぶ格好でお目覚めのお手伝いですよ~」


朧げな頭を起動させ、目蓋をゆっくり開くと、にっこりと笑う椿の顔。

申し分の美人に起こしていただけるのは、ありがたい事ではあるのだが。


「ほら、体を起こして下さい」


言われて渋々上半身を起こし、椿の方を見ると。




「がはっ!」




素肌に大きめの男性のワイシャツだけを纏った椿が、蓮に微笑みを向けていた。

下着は着けていない為、ワイシャツの下には、裸体がそこにある訳で。


「もう、蓮はお寝坊さんですねえ」


「なんっっって格好してんだよ!?」


「蓮が喜びそうな格好をしてみたら、蓮が明るく元気に1日を過ごせるかなと思いまして」


「時と場合を考えろ!」


と言いつつ、胸元に目がいっていたのは内緒だ。


「やらし~い気持ちになっちゃいました?」


「ならねえよ!

 シャ、シャツのボタンを外すな、止め直せ!」


「んもう、テレ屋さんっ」


「張り倒すぞ!」


「押し倒すだなんて、やらしいですねえ」


こんな感じに、椿に遊ばれる蓮であった。




「頼むから普通に起こしてくれ…」


椿が用意した朝食を食べながら、蓮がおもむろに口にした。


「だって、蓮がなかなか起きないんですもん。

 こういう風にしたら、飛び起きるかなって」


「私が男だったら襲われたって文句言えんじゃん」


「あら、あたし蓮に襲われちゃうんですか?」


「お、襲わねえよ!

 私をからかって遊ぶな!」


「ん、そんだけ吠える元気があれば大丈夫ですね。

 ほらほら、ご飯食べちゃわないと、電車の時間に間に合わなくなっちゃいますよ」


「神様のせいだろ!」


賑やかな朝の一時だった。

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