第32話

「で、どうやって祈ったらいいんだい?」


蓮の言葉に、椿は目を丸くする。


「神社だと二尺一礼してから願ったり、絵馬を書いて願いを綴ったりするじゃんよ。

 何か特別なやり方はあるんか?」


「そんなんないですよ、ただあたしに『こうしてちょ』って言って下されば終了です」


「え、そんな簡単なのでいいんか!?」


「盛大に祈りを捧げるのは、多分諸葛亮孔明くらいですよ」


「…あっけらかんとしてんなあ。

 何か不安が増してきた」



うまい話には気を付けろ

そんな言葉が頭の中をよぎる。

楽して物事がいい方向にいくのなら、世界はきっと平和だろう。


「ほれほれ、そなたの願いを言ってみんしゃい」


急に大きく出てきた椿に、ささやかな苛立ちが生まれる。


「目の前の糞生意気な女を、常識と清楚さと気品溢れるようにしてほしいんだが」


「あたしの事か!?

 それはあたしに対して言ってやがんのか、こらあ!

 てか、真面目にやらないのなら、言う事聞いてやらんですからね!」


「だ~から、鼻の穴広げながら怒るなって」


「広げてね~から!」


頭のてっぺんから、湯気でも出そうな勢いだ。

気が抜けて、軽く笑ってから。


真剣な顔になって、椿と視線を合わせる。


「…職場の環境が淀み過ぎて困っています。

 いい加減、意地悪されんのも疲れました。

 給料も福利厚生も悪くはないんだけど、そろそろ自分のメンタルが粉砕しそうなので、どうにかこうにか助けて下さい。

 可能であれば、職場を変えたいです。

 …出来れば、今と給料が変わらないところがいいです。

 よろしくお願い致します」


言い終わり、ぺこりと頭を下げてみた。

頭を上げて椿を見ると、柔らかい笑みを浮かべながら目を閉じていた。


「そなたの願い、我が耳にしかと届きました。

 小さき祈りに、我が力をお貸ししましょう。

 貴女の人生に、輝きが訪れますよう、祈っております」


目蓋をゆっくり開いてから、穏やかな声でそう言った椿は神々しく、普段の姿とはまるで別人のようで。

両の手を組み、再び目蓋を閉じると、椿の手が白く光った。


その姿はまるで、女神のように美しかった。

息をするのも忘れて、見とれてしまうくらい、美しかった。



「よっしゃ、蓮の祈り及び願いはあたしに届きました、受信完了!

 これで蓮の生活も、まるっと変わるからあ~んしん!

 さっ、酒飲みましょ!」



3秒前の人物は、女神のような人物は何処に行ってしまったのか。

目の前にいる人物が、先程の神々しい人物と同一人物だなんて。


「……儚すぎんだろ」


「え?何ですか?」


「何でもねえわい」


大きな溜め息を吐いてから、冷蔵庫から新しい酒の缶を取り出した蓮だった。

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