第31話

一口、二口と缶チューハイを飲んでから。


「祈りって、届くんかな」


不意に蓮が口を開く。

椿はちらりと蓮を横目で見る。


「届いても、叶うんかな」


独り言のように。

前を向いたまま、蓮は言う。


人は道に迷い、立ち止まると、ふと形のないものに頼ろうとする生き物だと思う。

神様が空想のものと言ってしまえばそれまでだが、それでもすがりたくなると言うか。


「右を向いても左を向いても、前を向いても後ろを向いても出口がなくて。

 どうしたらいいのか、解らなくて。

 どんな選択をしたら、正解なのかも解らんし」


それまで黙っていた椿は、壁を後頭部でこつんと鳴らす。


「正解なんて、ないんですよ」


蓮は椿の方を見る。


「どれだけ沢山の選択肢があっても、その中に『正解』はない。

 正解は作るものだと思うんです。

 その選択を生かすも殺すも自分次第かなって」


椿はビールを一口飲む。


「それにどんな事を選んでも、結局後悔はするんです。

 博打と言ってしまえばそれまでですけどね。

 難しいもんです」


妙に納得がいく言葉に、蓮は静かに何かを考える。


「悩んだり、考えたりする事も必要です。

 時間をかけて、じっくり煮込んで、最終的な答えを出せるのがベストだと思いますが」


少し温くなったビールを、ぐいっと飲みながら、椿は換気扇の方に視線を向けた。


「少なからず、あたしは少しくらい何かに頼るのは悪くないと思いますよ。

 それで上手くいくのであれば、儲けもんですからね」


椿の言葉も聞きながら、頭の中であれこれ考えてみる。

自分の問題を、『神様』という相手の力を借りて解決しようとしていいのだろうか。


神社でお願いをするとは、違う気がして。

何だか自分は、狡いような気がして。



「使えるものは、使っていいんですよ」



見透かしたかのように、椿が言った。


「それが神様でも、仏様でも。

 誰かにバレる訳じゃないし、罰せられる訳でもないんですから」


「…まあ、そうなんだけどね」


チューハイを流し込み、乾いた喉を潤す。


「この嫌な状況、少しでも変わってくれるんなら、祈ってみるのもありなんかねえ」


「祈って叶って状況が変わるなら、そんな嬉しい事はないじゃないですか」


「はは、それもそうだわな」


蓮は残っていたチューハイを飲み終えると、椿の方に体を向けた。

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