第29話

「最初は嫌味を言われたら言い返してたんだけど、歯向かう程酷くなるんよ。

 私が使う道具をゴミ箱に捨てられたり、書類とか隠されたり。

 最近は反撃すんのも疲れるから、黙ってやり過ごすようにしてるんだけどね。

 あ~も~、うぜえなあ~」


大きく吸い込んだ煙を、換気扇の方に向かって吐き出してみる。

腹の中に溜まるストレスも、一緒に吐き出せたらいいのに。


「この状況、変える気はないんですか?」


いつもと違う真剣な顔で、真剣な瞳で、椿は蓮に問い掛ける。


「変えれるなら変えたいさ。

 毎朝憂鬱な気持ちで始まるの、嫌だけど…。

 動き出せない自分も、大概馬鹿だよな。

 逃げたら負けな気もする自分もいてさ」


「逃げる事は負けなんかじゃないです。

 逃げる事は、けしてマイナスな事じゃなく、自分を守る為の行動です」


その横顔は、儚く美しかった。


「今は平気でも、いつかは限界が訪れます。

 そうなってしまったら遅いんです。

 壊れてしまったものは、元には戻らないのだから…」


悲しそうな瞳が、とても綺麗で。


「無理をしてまで、今の状況に身を置かなくていいんですよ」


その声は、とても優しい。




「今まで、よく耐えてきましたね」




蓮の方に体を向けると、伸ばした手は蓮の頭に触れ、優しく撫でる。

されている事を理解するまで、3秒程の時間を用いた蓮はハッとする。


「ちょ、子供扱いすんなよ」


「何百年も生きてるあたしからしたら、人間は赤子と同じです」


「スケールの大きい話を持ってくんなよ」


言いながらも、椿の手を払わない。

温かい手が、傷付いている心をも撫でてくれているようで心地いい。


「…これといって友達もいないし、会社でも仲のいい人もいないから、相談も出来なくてさ。

 しんどいって言うのも、駄目な気がしてた」


「駄目なんて事はないですよ。

 何ですかも~、いつもみたいに余裕な顔の1つでもして下さいよ」


ニイッと笑ってみせる椿は、悪戯を企む子供のように見えた。


「あたしはこんなんでも『神』です。

 困っている人を助けるのも、重要なお仕事。

 蓮、あたしを頼って下さいな」


頭を撫でていた手がそっと離れて、蓮の右手にそっと触れる。


「蓮は何も悪くないのだから、そんなに落ち込まないで下さい。

 あたしが傍にいるんだから、嫌な事は取っ払ってあげますって」

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