第19話

夕暮れ。

辺りはゆっくりとオレンジ色に染まり始める。

開けていた窓からは、少し冷たい風が入ってきて、蓮の頬をそっと撫でた。

同時に、蓮の目蓋がパチッと開く。


「……んあっ、寝ちまった!?」


ガバっと起き上がると、そこに椿の姿はなかった。

キョロキョロと部屋の中を見渡すも、それらしき姿はない。


十字架の中に戻ったんか?

テーブルの上に置きっぱなしの十字架に目をやるも、特に何かが起こる訳でもなかった。



玄関の方から、ガチャっという音がした。

誰かの足音がしたかと思うと、エコバックを肩から下げた椿が現れた。


「あ、やっと起きたんですね」


呆れ顔で言われた蓮は、壁に掛かっている時計を見る。

時刻は17時前を指している。


「4時間くらい、ノンストップで寝てましたよ。

 起きないから、顔に落書きしておきました」


「嘘だろ!?」


「嘘です」


にっこりと微笑みを浮かべる椿に、枕を投げつけてやりたかったが抑える蓮。


「部屋の片付けと洗濯、お風呂の掃除もしておきましたからね。

 夕飯は豚肉が安かったんで、生姜焼きにしようと思うんですけどいいですよね」


「おかんかよ!?」


「誰がおかんだ、神様と呼べ!神様と!」


「見習いの癖に生意気な…。

 つか、買い物に行ってきてくれたん?」


「やる事なくなっちゃたし、暇だったんで。

 大いに感謝して下さっていいですからね」


「…アリガトウゴザイマセン」


「ちったあ感謝しろ!」


神様が主婦みたいな事をしているのも、何だか違和感しかない。

が、色々やってくれた事には感謝をしなくては。


「ありがと、助かった」


ぼそりと小さな声で言うと、椿は微笑む。


「てかあれ?

 髪色が変わってる?」


先程までは金糸のような綺麗な金髪だった髪が、艶やかで綺麗な黒髪になっている。


「ええ、名前のイメージに合うように、変えてみました。

 似合いますでしょ?」


よく見ると、瞳の色もグレーから茶色になっていた。

漆黒の黒髪に、白い肌、淡く赤い口唇。

黙っていれば、まさに絶世の美人だ。


「ほら、あたし可愛いし綺麗だから、何でも似合うんですよね。

 因みにさっきの格好は、好きなキャラクターをモチーフにしました」


「ちょいちょい漫画の話が出てきたけど、神様はオタクなの?」


「はい、ヲタですよ?」


1ミリも否定する事無く、自身がオタクである事を打ち明ける、自称『神様』なんているのかよ。

…ああ、目の前にいたわ。

口にしかけたが、言わずに飲み込んだ蓮は、今日1番大きな溜め息を吐いたのだった。

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