第11話

静寂が訪れる。

会話のない部屋に、窓から風が入って、2人の髪を揺らす。


気まずいな。

こんな事はある筈もないから、尚更何て言ったらいいのか解らないと蓮は思う。

何て言ったら、正しいのだろう、かと。


「あ~、その、なんだ。

 とにかくさ、他を当たって?

 私以外の人を、幸せにしてあげて」


持っていたマグカップをテーブルに置き、気まずそうな表情をし、後頭部を指で搔きながら蓮が言う。

その言葉を聞いた女性は、ハッとした表情になったかと思うと、それまで視線を下げていたが、勢いよく蓮の方に向ける。


「そ、それは出来ません。

 貴女は選ばれた人、変える事は出来ない決まりなんです」


「決まり?」


「これは『福の神組合関東支部』での決まりでして」


「一気に胡散臭さが増す名前が出て来たな…。

 てか、神様って組合とかあんの!?

 関東支部って事は、他にも支部があるって事!?」


「勿論ございます。

 全国に福の神はいますよ。

 そんな事より、とにかく1度決まってしまったら、変更は出来ません。

 あたしのボーナスにも響くんです!」


『ボーナス』という単語まで出てきて、いよいよツッコむ気力が無くなってきた蓮。


「いや、あんたのボーナスとか知らんから!

 私は福の神とやらを、傍に置いとくつもりはないって。

 変な宗教かもってのは、まだ拭いきれないし…。

 いきなり現れて、『幸せにする為に来ました』だの、『福の神』だの、一遍にあれこれ呑み込めない事ばかり起きてるし。

 今だって会話をしてるけど、心中は穏やかじゃないんだからな」


「確かにいきなり現れて、神だの何だの言ったら信じてもらえないだろうし、疑いの目で見られてしまうのは解っています。

 けど、あたしも仕事ですし、契約を取れるまでは帰れませんし帰りません!」


「営業社員みたいな言い方すな!

 契約って何だよ!?」


蓮の言葉に、女性は左の手を平らに広げると、そこにパッと紙が現れた。

これもマジックじゃないと言うのだろうから、驚いたけど蓮は何も言わない事にした。


「こちらが契約書です。

 こちらに貴女の名前と、あたしに付ける名前をご記入いただき、最後に判子…あ、認印でもいいんで、こちらに捺印して下されば契約成立です」


女性の説明はとても慣れていて、つまづく事なく、淀みなく言いきったのだった。

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