第96話

小さな駅の改札を潜った私の視界に広がる南青雹市の街並み。


毎日この景色を見る度に「お帰り」と言われている様な気分になって安堵するのは、やはりここが私の生まれ育った地元だからだろう。




駅を出てすぐ右手に見える公園は春には桜の花弁が風に乗って舞い踊るし、夏になると遊具で遊ぶ子供等の声よりも大きい蝉の合唱が響く。


秋が訪れれば銀杏や楓の葉がお色直しをして地面に鮮やかな絨毯を作る。やがて冬を迎えたならば南青雹市の一番大きな祭りが催され、寒さをも吹き飛ばす盛り上がりを見せる。




特別な名産もなければ、観光地に恵まれている訳でもないけれど、閑静で穏やかで風情のあるこの場所が私は好きだ。


悲しい記憶や辛くて苦しい出来事がなかったといえば嘘になるが、それでもこの場所で生まれ育って良かったと思っている。




「良い所だよね。」



幼い頃によく遊んでいた公園を眺めていた私の傍から放たれた言葉で、私の視線は隣へと滑る。


初めて来た人にとっては何の特徴もないただの住宅街に見えるとばかり思っていたせいで、昴晴先輩が漏らした一言は私の意表を突いた。




「さ、早く時雨ちゃんのお家でお茶を頂こうか。霰も次曇も余所見ばかりしてると迷子になるよ。」



吃驚する私と余りの田舎振りに分かりやすく戸惑っている二人を差し置いて、さっさと足を動かし始めた昴晴先輩が振り返って笑顔を湛えた。

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