第84話
先生も指名せずにはいられないであろう美しい挙手を見せて「僕も時雨の脚に会いたかったよ」と聞いてもない発言をしてくれた霰先輩の視線は、容赦なく私の両脚へと突き刺さっている。
見られている分にはまだ全然マシだ。そんな思考が過った私は、少なからずこの恐ろしい組織に染まり始めているらしい。
「俺のお弁当ちゃーん!!!」
いつの間にか指定席となっているそこに腰を下せば、正面から両手が伸びて来た。
すぐさま視線を持ち上げた先には、シガレットチョコを咥えて口角を緩めている雷知先輩の顔がある。
「はいどうぞ。」
「わーーーい。しーたんのお弁当が楽しみで仕方なかったよ~。」
「大袈裟ですね。」
両手の上に乗せた弁当箱を抱き締めて瞳を輝かせている相手は、蓋を開けて余計に目を細めた。
自らの失言が契機で雷知先輩にお弁当を作るようになったけれど、先輩は一ヶ月が経っても毎回新鮮な表情を見せてくれる。
それだけではなく、全てに美味しいと言って微笑みをおまけしてくれるのだ。こんな事をされては、四捨五入すれば男の様な私の母性本能も流石に疼いてしまう。
「大袈裟なんかじゃないよ、しーたんが毎日弁当を作ってくれるようになって俺めーっちゃ元気になってるもん。」
シガレットチョコを食べ終えた先輩の口許に、下弦の月が浮かんでいる。
「ありがとね」と面と向かって言われた私は、何だか顔が熱くなって無駄に視界を切り替えたのだった。
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