第83話

一瞬シリアスになった私の心をよくぞ台無しにしてくれたな。



本能的に美しい顔に傷を付けるのは気が引けたので、とりあえず先輩の肩へパンチをお見舞いする。




「時雨ちゃんからじゃれてくれるなんて嬉しいな。」




しかし攻撃の効果は何一つとして得られなかった。


これをじゃれてると判断するなんて、この男はライオンか熊でも飼っているのだろうか。



馬鹿馬鹿しい昴晴先輩の質問に付き合っている暇だけはない私は、隙間から体をねじ込んでどうにか教室内に入る事に成功した。




「つーちゃん、そのカナちゃんのワンピース新しい奴~?」


「うん、徹夜で作った。」


「わーーーお、相変わらず愛情が深いねぇ。」


「それほどでもない、ね?カナちゃ……あ、時雨やっと来た。」




数秒前まで手元の人形に見せていた甘い笑みをすぐに仕舞った次曇先輩は、何人か人を殺めたのかと問い質したくなるまでに人相が悪い。


この一ヶ月、カナちゃんとミユちゃんには見せるその笑顔を、次曇先輩がこちらへ向けてくれた事は一度たりともない。




「すみません、ちょっと入り口に粗大塵があったので手こずってました。」


「待ってた。」


「ありがとうございます。」


「別に。好きで待ってただけだから礼なんていらない。」




軽く頭を下げた私から視線を逸らし、誰もいない窓の外を眺めている次曇先輩のピアスが連なっている耳が仄かに赤くなっている。




「時雨に会いたい……って、カナちゃんが言ってた。」




それから小さく漏らされた素っ気ない声。


最近知ったのだが「カナちゃんが言ってた」「ミユちゃんが言ってた」が語尾に付く発言は全て、次曇先輩の本心らしい。



不器用過ぎるな、ツンデレかよ。

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