第11話

 流星祭りでは皆、和やかに山盛りのごちそうを食べている。

 鶏の丸焼きにハーブとはちみつをかけて頬張り、野菜にはハニーマスタードをかけていただく。ソーセージといものハニーマスタードは皿を空っぽにするほど人気だった。デザートにいただくパンケーキにはそれこそたっぷりのはちみつをかけ、皆で嬉しそうに食べるのだ。

 もしベティはまずくて臭くて後を引く味の飴を食べさせられていなかったら、すぐに並んで食べ、あとでテレンスに怒られようと居直っていただろう。

 見回りをしていても、特になにもなし。そもそもフィールディングの村の人々が喧嘩をしているところなんて、ベティは一度も見たことがなかった。その上ここには滅多に強盗を来ることもなく、それは騎士団が抑止力として作用しているのか、日頃から自警団の訓練が行き届いているのかがベティにもよくわからなかった。

 ひとまず皆の顔を眺めながら、ベティはぐるりと広場を一周していたら、少女の声が耳に滑り込んでくる。


「はあ……騎士様たち、今日はいらっしゃらないんですって。見回りしていたところ声をかけたものの、謝られてしまったのよ」


 そうしゃべっている声にベティは「あれ」と思う。

 一瞬クラリッサかと思ったが、そうではなかった。彼女と同じように金髪碧眼だが、今日は祭りのせいか、古めかしいドレスを着て、一生懸命に髪を編んだ少女だった。


(なんだ、クラリッサかと思ったが……)


 やけに恋愛について興味津々で、なにかとベティとデニスの仲の進展を望んでいる彼女に思いを馳せ、思わずベティは苦笑する。

 その一方で彼女がしゃべっている相手も頷く。


「せっかく流星が出るのにね。でもいいわね。今年は女の騎士もいらっしゃるんでしょう?」


 そうしゃべっている相手に、ベティは思わず二度見する。

 彼女もまた同じように古めかしいドレスを着ているが、彼女は明らかに胸を出している上に、フリルの量も多い。趣味が若干違うらしい。

 金髪碧眼のふたりは、明らかに同じ顔をしていたのだ。


(……いや、ありえない)


 思えば、日頃テレンスに言われて村人たちとあまり交流していないため、自警団くらいとしかまともに顔を合わせてはいなかった。彼らははちみつ酒のの飲み過ぎで腹が出ていたり、鍛えるのが好きで筋肉太りをしていたりと、体格がそれぞれ違うためにあまり気付かなかったが。

 同い年の同じような体格の少女たちが並んだ瞬間、まるでブルーベルの花畑でそれぞれのブルーベルを見分けられないくらいに同じ顔立ちをしているのだ。

 異民族であれば、顔の見分けがつかないことがあるということはベティも聞き及んでいるが。ふたりは王都の王族でだったらあり得る髪色、瞳の色、肌色をしているのだ。ベティの平凡過ぎる色合いではないものの、ふたりとも同じ民族なはずだ。

 ならば区別が付くはずなのに、ベティにはどう見てもふたりが同じ顔に見えた。


(……それに、ふたりともクラリッサと似た声をしている)


「あら、ベティ来てたのね!」


 そう声をかけられ、ベティは恐る恐る振り返り、絶句した。

 古めかしいドレスを着て、ヘッドドレスを頭に付けたクラリッサ……らしき少女が走ってくるのだ。クラリッサと今通り過ぎたふたりの少女たちを混ぜられたら、今のベティでは見分けが付く自信がない。


「……え?」

「あら、どうしたの? まるで幽霊でも見たような顔をして」

「い、いえ……そんなつもりはないんですけど。この村の人たちは皆、似た顔をしているんだなと驚いただけです」

「あら? そうね。不思議ね。多分この村って食べるものが皆似通っているからじゃないかしら?」

「へ?」

「前に魔法使いさんがおっしゃってたの。食べるものが似通うと、顔がそっくりになるって。王都では同じ顔の人って見かけなかったの?」

「……こんなに似た人たちを見たことは今までありませんね」

「そうなのぉ」


 クラリッサの言葉に、ベティはグラグラする視界を誤魔化すように、自身の編み上げた髪に触れた。


(いや、おかしいだろ)


 たしかに顔つきは同じ家に住んでいたら似るかもしれない。似通った食事をしていたら余計にだ。だが。

 髪の色、瞳の色だけじゃない。先程の少女たちとクラリッサ。笑うときにクシャリと出来上がるえくぼの位置。そんなところまでそっくりなのは、いくらなんでも出来過ぎている。


(これがテレンスの言っていた呪いなのか……? でも、なんの呪いなんだ?)


 同じ顔になる呪いなんて、ベティは聞いたことがない。

 そもそも同じ顔になる呪いの、なにがどうまずいのかはベティにはいまいちわからなかったが。ベティが自分の気を鎮めるように髪を弄るのをクラリッサはキョトンとした顔で眺めている。


「どうしたの? いきなり髪ばっかり触って」

「い、いやあ。なんでもありません」

「そーう? ところで、今日は流星祭りでしょう? 祭りの日は夜まで盛り上がるんだけれど、そのときに村長さんの家で二次会をやるの。ベティもいらっしゃる?」


 村長の家で二次会。それに若干の違和感を覚えた。


(……この村に来てからそこそこ経ったが……村長なんて見たことがないが)


 この村に住んでいる住民たちとは顔を合わせたり合わせなかったり。駐屯所に待機しているか遠乗りで獣や魔獣の討伐をするのが仕事なため、村人と直接顔を合わせなくっても騎士団は特段困らない。村長と直々にやり取りをするのは騎士団長だけだが、先日騎士団長は王都に帰還して以降、次の騎士団長は遅れてまだ来ていなかった。


(でも……祭りの二次会なんて、特に若者の二次会なんて、村長の家で行うものなのか?)


 流星祭りに参加しているのは数十人ばかりの男女だが、皆若い。食事を大量につくって運んできた気風のいい女将も、ベティと年齢は変わらないように見える。

 思えば、ここにはベティと同年代ほどの女子まではいても、年寄りがいない。子供もいるはずなのに、親子で一緒にいるのはほぼほぼ見たことがない。


「私は普段自警団とは交流していますけれど、村長にはお会いしたことがありません。村長は今どちらに? 伺うのでしたら、挨拶したいんですが」


 ベティがそう提案すると、普段騒がしいクラリッサが唐突に黙り込んだ。

 そのせいで流星祭りの喧騒がひと際大きく聞こえた。


「クラリッサ?」


 その喧騒と無口なクラリッサにたまりかねて声をかけると、パッとクラリッサの表情が変わった。


「もう、ベティったらお茶目さん! 村長に会いたいだなんて! 今くじを引いているから待っててね! 多分二次会までには決まるから!」

「え……ええ? 待ってください、村長はくじで決まるもんなんですか!?」

「あんまり長いこと責任者は続けられないみたいだから」


 そう平然と言って笑うクラリッサに、ベティはなおのこと戸惑いを隠せないでいた。


(……待ってくれ、フィールディングの村内でも、なにも知らず、なにも聞かず、なにもわからないままでいないといけないというのか? だから……村人たちはテレンスの言っている呪いを実感していない……?)


 それはひどくおそろしいことのように思えた。

 フィールディングの呪いを、村人たちはなにひとつ認識できない。そもそもこの小さな村を騎士団が定期的に派遣されては監視しないといけない理由だって教えてもらえていないし、何故ここまで情報を遮断しているのかが、ベティにはわからないでいた。

 これは夜になったらなにかがわかるんだろうかと、乏しい希望にすがるしかできない。


****


*以下古代魔法文字で記入。宮廷魔術師以外閲覧解読不可能。


●年◎月▼日


 結局のところ、村にかき集めるだけかき集めることで同意した。

 彼らに外の知識を与えぬよう、商人の出入りは最小限に留める必要がある。また監視も必要だ。

 あと彼らには■■■を付ける必要がある。

 これで数年は大丈夫だろうが、そのあとは?


 いずれこの村は焼き払わないといけないときが来るかもしれない。

 円満になくなってくれるか、焼き払って終わらせるか。

 できれば前者であってほしいと心から願っている。

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