第10話

 フィールディングで行われるという流星祭りで、小さな村も一段と賑わっている。

 とは言っても元々人数の少ない村なため、商人を呼んで屋台が並ぶ訳でもなく、皆で銘々テーブルにハチミツをふんだんに使った料理が盛り付けられ、蜂蜜酒がそこかしこに並ぶ。

 そのいい匂いで、駐屯所にいる騎士たちも全員腹を空かせるが。

 駐屯所には流星祭りの直前に、唐突にテレンスが訪れたのだ。


「やあやあ。いつも禁欲生活お疲れ様です。騎士様がた」

「テレンス……正直つらい。少し見回りに行っただけでいい匂いがあちこちから漂って」

「そりゃもう。普段は閉鎖的な村が年に一度開放的になる日ですからねえ。おかげで僕も大迷惑。村人が商人を連れ込まないか監視しないといけませんので」

「……テレンスさんはよく、この匂いの中平然としてられますね?」

「ハハハハハハ……騎士の皆々様には感じ取れないかと思いますが、呪いがびっしりとこびり付いた場所で村人の手料理を食べるなんて真似、とてもじゃないですが無理です」


 テレンスはにこやかにしているが、たしかに公言している通り、彼はいつも以上に気が立っていて暴言をオブラートに包むこともなく吐き出している。


(この男は呪いが蔓延しているし、それが信じられるものじゃないから説明もできないとは言っていたが……これはいったいどういうことで?)


 ベティは自分の恋路を邪魔し、唾を吐きながら止めてくる彼に対して思うところがない訳ではない。むしろなにをそこまで隠しているのかいい加減に吐けとすら思っているが、この男の口は存外に硬く、本当にどれだけ迫っても口を割らないのだから、本当に教える気がないのだろうと諦めることにした。

 その中、テレンスは皆にそれぞれ飴を差し出した。


「そんな中、空腹対策にこれ。僕お手製の飴です」

「飴? 空腹中にこれを舐めて耐えきれと? 無茶言うなよ」

「いえいえ。この飴は特殊でして。食欲減少、性欲減退、いろいろ効果てきめんですので、あの手この手を使って迫ってくる村人を受け流すのにちょうどいいかと。なにぶん流星祭りの際はあちらも気が大きくなっていますからね。油断はならないのですよ」


 その言葉に、全員げんなりとした。

 男性に渡された飴とは別に「ベティ」とテレンスは彼女にも飴を差し出す。

 男性陣のためにつくられたものは真っ青だったのに対して、こちらはピンク色だった。


「こちらは君用。君もせいぜい用心したまえ」

「用心……勘弁してください」

「君はこの駐屯所の中で一番流されやすくてチョロいですからね。これくらいはさせてください。あと」


 そしてもうひとつ。小さな銀製の笛のついたペンダントを差し出された。


「……これは?」

「犬笛です。これをこっそり吹いたところで誰も気付きません。まあ、僕には聞こえるんですが」

「どういう要件で吹けばいいんですか、こんなのは……」

「君はたしかに騎士としての腕っ節は強いし、魔物駆除や獣討伐でも成果を出しているようですけどねえ。何度も何度も言っている通り、君はすぐに情に流される上に、食欲にも負けやすい。その上禁忌にしたことには近付いてしまう性分まであるもんですからね……それでも、決して触れてはいけないものってあるもんですからね」


 そのときベティはテレンスを見ていて気付いた。

 彼はいつも掴み所がない上に、どこか毒舌。飄々としたスタイルで人のことをおちょくってばかりだと思っていたが。今日はいつものように取って食うような笑みを浮かべているにもかかわらず、目がちっとも笑っていないのだ。


(これは……本当に万が一にもなにかがあるというのか?)


 ベティはひとまずテレンスからもらった犬笛を首にかけ、彼に見せた。


「……万が一って、具体的にはどういうことで?」

「万が一は万が一、ですよ。命の危険……はさすがにないでしょうが。『これは駄目だ』って思ったときには吹いてください。即刻対処しますから」

「私が女だから、このようなものを渡すんですか? 他の面々は渡してないようですが」

「この間も言ったでしょう。男と女では対処する場面が違うんです。女性扱いされたらすぐ調子に乗る癖して、君はいちいち細かいですね」


 またしても毒を吐かれ、ベティはげんなりしながらひとまずは飴をコロンと口に入れておくことにした。

 ……吐き気を催すほどに甘い上に、粘りがあり、その上後味が臭くて苦い。気のせいか生臭い。普段飲まされる謎の毒消しハーブティーといい、この謎のお守り飴といい、いったいなにを考えてこれを出しているんだと、テレンスを恨まずにはいられなかった。


****


 フィールディングの自警団は、今日は武装として弓矢を背中に背負うこともなく、和やかに棒だけ持って見回りをしているようだった。


「お疲れ様。ここから先は自警団も祭りに参加して、我々騎士団に……」

「やあベティ。今晩はいつ空くかな?」


 そう言われてベティはドキリとする。

 デニスと恋人同士になってからというもの、なにかの拍子に家に誘われていたが、さすがにベティも夜に家にのこのこ上がったらまずいくらいの倫理観はある。


「……今日は一日見回りだから」

「そうか……なら休憩時間は? ずっと妹が君に会いたがっていてね。王都の話を聞きたがっているんだよ」

「まあ……」


 デニスを女にしたようにしか見えないクラリッサは、なにかにつけてデニスとベティの進展を気にしているような娘だったが、まさか王都について興味を示しているとは知らなかった。


(たしかにここは子供以外の彼女の同年代は男ばかりだから、同年代の女としゃべりたいという気持ちはあるのかもしれない。ただ、彼女はなにかにつけて料理を振る舞おうとするし、私になにかと酒を勧めるから……)


 それにしても、とベティは思う。

 テレンスは駐屯所で出されるはちみつ料理についてはなにも言わない。しかしフィールディングの村人が出す料理については警戒心を露わにする。


(ここは滅多に商人も来ない自給自足の村なのに……毒なんて盛る暇はあるんだろうか。それにしてはテレンスは気にしているし。まあ、いいか)


 そもそもの問題として。

 あのまずい謎の飴のおかげで、どれだけいい匂いだと思っても、食べる気がしないのだ。あの生臭さやまずさは、食欲をごっそりと削ってしまう性分なため、なにかにつけて誘惑に弱いベティでも太刀打ちできた。


(休憩中に顔を覗かせるくらいなら問題ないだろう)


 そう納得させてから、「ならクラリッサにも会いに行くから」と恋人に笑って見せたのだった。


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