第9話

 ベティとデニスの関係は、魔獣討伐のときから明らかに変わりはじめた。

 ふたりでしゃべっていると村人たちから和やかな顔で見られる一方、駐屯所の同僚たちからは苦言を呈される。


「ベティ。人の気持ちはどうこうできるもんじゃないってわかってはいるけどさあ……」

「……すみません。私もわかってはいるんですが……」

「あーあーあーあーあー……任務第一だった女が、顔がよくって性格もいい男にちょっと優しくされただけでコロッといっちゃったかあ! そういうのは、チョロいって言うんだよ!」

「わかってますけど! ですけど……」


 同僚たちは言う。


「……あんまり言いたくないけど、この村の呪いがどうのこうのっていうのはテレンスがずっと言っていることだし。それに実際にうちからも死亡者は出てるんだ。どうせ一年足らずで帰ることになるんだから、旅先の恥はかき捨て、赴任先の恋路は捨て置きって弁えておけよ」


 そうきっぱりと言われてしまった。

 ベティはそれに苦いものが込み上げてくるような気がしながら頷いた。


(……そうだ。私はここにいるのは一年限定だ。ここに長居することはできない……だが)


 優しく美しい村人。獣や魔獣討伐は骨が折れるが、王都のように常に気を付けるような人間関係のない穏やかな日々。

 特産品のはちみつでつくられたものはなにもかも美味く、恋ができない以外では不満がない。


(赴任期間が終わってからも、ここで過ごすのはやはり駄目なんだろうか……そもそも、この村にあるとされている呪いっていうのはなんなんだ? やはりテレンスしか知らないものなんだろうか……)


 あの赤毛の性格のよろしくない魔法使いが頭に浮かび、少なからずげんなりとした。

 テレンスはデニスと違ってあまりに優しくない上に、人のことについてとやかくばかり言ってくる。しかし村の呪いについてなんとかなったら、ベティはフィールディングに永住することもできるんじゃないかというささやかな願いはほんの少しだけあった。


****


「駄目に決まってるでしょ」


 一刀両断。ばっさりである。

 テレンスに相談するかしないか、本当に嫌で嫌でしょうがなかったが、魔法について詳しい人も、呪いの伝承について造詣が深そうなのも他に心当たりがおらず、本当に背に腹は代えられなくやってきたが。

 テレンスは初日に会ったとき同様、とりつく島のない様子だった。

 彼女に相変わらず謎のハーブティーを出しつつ、薄いパンにたっぷりのはちみつを浸したお茶請けを出してくれながら、プリプリと怒る。


「いいですか? フィールディングでの恋ってもんは、いいもんじゃないです。それにまんまと落ちて。僕ぁ何度も何度も忠告したし、邪魔だってしましたよねえ? なに? 君は邪魔されたら邪魔されるほど燃え上がるタイプ? あー、ヤダヤダ。王都暮らしが長いと用心って言葉をお母さんの腹の中に忘れてくるんですかねえ!」

「……そこまで言われる謂われは、ありませんっ……!」

「そもそも村で食事厳禁飲み食いするなって言っているのに、君はすぐに忠告を無視しますし! 君の耳は飾りかなにかですか!」


(だからこいつに相談したくなかったんだ……!)


 ハーブティーもお茶請けも抗議として手を出さなかったものの、テレンスは無理矢理口の中にお茶請けを突っ込んでくる。

 口の中が痺れるほどに甘いそれに、たまりかねてハーブティーを飲むしかなかった。相変わらずどんな調合でつくられたものかはわからず、ただ異様にはちみつと合うということ以外なにもわからなかった。

 ベティは涙目になりながら、「なんでですか……」と抗議をする。


「村人からのものは食べるなと言ったかと思えば、あなたのものは食べさせようとする。そこに矛盾はないんですか」

「ないですよ。僕が食べさせているものは毒消しなんですから」

「初日も食べさせたじゃないですか!?」

「君が女性じゃなかったら食べさせませんでしたよ。君が女性だからなおのこと気を付けないといけないですし」

「私が男だったら食べさせなかったっていうのですか!?」

「別に僕は女性だからかまって、男性だから勝手にしろって放任している訳じゃないですよ。男性に出すのはもっと別のものですしね。女性と男性だったらハーブティーの配合だって替えるんですだから」


 まるでテレンスは騎士団の面々のために毒消しを名乗る謎のハーブティーを出しているように思えてくる。

 ベティがどう反論するべきかと迷っている間に、テレンスは「そもそも」と続けた。


「最近だったら君くらいでしょうよ。わざわざ僕の忠告無視するからこうして毒消しハーブティーを出さないといけないのは。騎士団の駐屯所の連中、彼らは本当によく話を聞いてくれますから、こちらだってわざわざ毒消しなんて用意しなくていいですよね」

「だから、なんで毒消しなんか用意するんですか。意味がわかりませんよ。そもそも」


 ベティはこれを口にしていいのかどうか、少しばかり躊躇った。

 いくら売り言葉に買い言葉で言い合っているとはいえど、フィールディングで既に人が死んでいる話を口にして、それを使ってテレンスをなじるのは、いくら性格が悪い彼に対してもよろしくないと考えたのだが。

 テレンスは「はあ……」と息を吐いた。


「……なんですか。前に人が死んでいるのは、呪いのための毒消しに意味がなかったとか、そう言うんじゃないでしょうね?」

「あ……やっぱり。この村で人が亡くなっているのは本当なんですね!?」

「仕方ないでしょう。僕だってわざわざ新しく赴任してきた人間を怖がらせる趣味はありませんし。村人だって聞かれない限りはわざわざ言わないでしょう?」

「ですけど……」

「なんですか、仲間はずれにされて寂しい、なんて子供じみたことを言うつもりじゃないでしょうね?」

「……っ!?」


 ベティは思わずテレンスを睨んだが、彼は「ハンッ」と鼻で笑うばかりだった。


「それこそお門違いってもんですよ。わざわざ知らせる必要がないから、皆教えないだけ。なにもかもを教えることが友愛って間違った考えは捨ててきたほうがいいです。それにね」


 テレンスは一瞬だけ遠くを見るように視線を逸らした。

 その顔つきはひどく老成して……疲れ果てて見えた。


「……死んだ彼はもう手遅れでした。この村に蔓延している呪いは、心意気ひとつで解決できるもんじゃありませんし、本当にどうしようもないのにね」

「……どうして」

「だからそれを知ることも聞くことも口を開くことも禁止されてるって話です。それにね、このことを口にしても、ほとんどの人は信じることができないんですよ。残念ながらね。だから君の恋を僕は応援することはできませんし、しても徹底的に邪魔しますから」


 そう言って、今度こそテレンスは口を噤んでしまった。

 何度ベティが煽っても、決めてしまった彼は本当になにも教えてはくれなかったのだ。


****


*以下古代魔法文字で記入。宮廷魔術師以外閲覧解読不可能。


●年◎月◆日


 国王陛下にこの土地は放棄、すぐさま焼却処分をすべきだと提案しても、国王陛下はこの呪いの恐ろしさを理解できないでいる。


「これは大変に優れた技術なのだから、残しておくように」


 これが優れた技術であるものか。最初の理念からは外れ過ぎている。

 これはかつて禁術処分にされた死霊術となにがどう違うのか。この技術には未来がない。だからこそ解決手段が完成するまで封印したというのに。

 これが流出したら最後、この国だけの問題だけではなくなってしまう。

 下手をしたら魔法使いたちだって危ないというのに。何度説明しても理解できない。

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