第12話

 ベティは気分を悪くしながら、ひとまず駐屯所へ戻ろうとする。二次会まではまだ時間があるし、間に合うだろう。

 足が重くなっているのは、フィールディングの村にかかっている呪いの一端を見てしまったせいなのか。

 双子やそっくりの親子だっている。だが。

 この村には兄弟姉妹はいても、何故か親の世代がいない。子供はいるのに。

 村人とあまり関わらず、見回りだけして見て見ぬふりをしてきた事象が一気に彼女を攻め立ててきて、ただただ気分が悪かった。


「やあベティ。君はまた出かけるんですか?」


 一旦帰ろうとしている中、声をかけてきたのは憎々しいテレンスだった。普段であったらもっと目を吊り上げて怒っているところだろうが、今は彼に憎まれ口が心地よかった。


「正直迷っているんです……行くべきかどうか」

「おや? なにか見ましたか?」

「テレンス……あなたは知っていたんですか? 村人が皆……同じような顔をしていると」

「そんなもん見りゃわかるでしょ。当たり前じゃないですか。もっとも、駐屯所にいる騎士たちも全員集合するような祭りのときでもない限り村人の顔をいちいち覚えるほど見てませんからね。気付かないときは気付かないでしょう」

「そういうもんなんですか……あの、同じ顔になるのが、呪いなんですか?」

「違います」


 そこだけはテレンスが力一杯否定するので、ベティは面食らう。

 あれだけ似ていても、それが呪いじゃないというのがわからない。いくら双子が多い町だって、双子だけしかいないことはないだろうに。


「同じ顔になる呪いではなかったのですか」

「違います。呪われているから同じ顔なんです」

「それは同じ顔になる呪いではなくて……?」

「全然、違います。でもそうですねえ……こちらとしても、できればあなたはなにも見ず、聞かず、知らないまま帰ってくれりゃよかったんですが……まあ、千載一遇のチャンスではあるんですよねえ……」


 途端にテレンスがぶつぶつと言い出したことに、ベティは困惑した。

 そもそもベティも全く説明をしてくれないテレンスに説明は最初から期待してない。


「テレンス?」

「まあ、決めました。あなたに犬笛渡しましたでしょう? もしものときは吹くようにと」

「はい、首にかけたまんまですが」

「遊びに行ってもいいですよ、もしものときにきちんと犬笛を吹いてくれるなら」


 あれだけ強硬に村人と接触するのを禁じ、デニスとの交際も反対していたテレンスが、いったいなにを考えているのか。

 ベティは困惑したまま、テレンスを見た。テレンスはにこやかに頷く。


「少なくとも、あなたはここの駐屯所の中でも腕利きですからね。念のため腰の剣は提げたままにしておきなさい。有事の際に役立ちます」

「役立つって……なにを斬れと言うんですか」

「大丈夫ですよ」


 テレンスは一瞬、すっと目を細めた。その細さは、どこか真昼に浮かんだ月を思わせた。


「あなたが本当にどうしようもないと思ったら、ちゃんとなんとかしてあげますから」


 その言葉に、ベティはひやりとしたものを感じる。


(そういえば……)


 いつかにデニスから語られたことを思い出した。


(ここに駐屯していた騎士が、村人と駆け落ちを決行しようとしたとき、雷が落ちたと……テレンスの言い分が本当だとしたら、呪いは顔に関係があるものであり……雷は罰が当たったとかではない……まさかと思うが……)


 口元こそ笑みを浮かべているものの、ちっとも目が笑っていないテレンスを見て、ベティは察してしまった。


(あの駆け落ちカップルは……テレンスに殺されたのでは? 彼が魔法を使って人を殺したところは見たことがないが……可能ではあるんだろう。でも……どうして……呪いを広げないためとは言っているが……この村に住む人々は全員呪われているとは言っていたが……それは私たち騎士は関係ないものなのか? だが団長は普通に帰還できた。駐屯所の騎士は関係なくて、村人だけ関係あるものって、なんなんだよ……)


 ベティの思考はそこで袋小路に入って抜け出せなくなる。

 そのじんわりとした恐怖。迫り上がってくる冷たさ。フィールディングを囲む森の木々は、昼間であったら日差しを遮って心地よい木陰をつくってくれるのに、今は夕闇が迫り、ただただ肌寒さだけを与えてくる。

 この得体の知れぬ恐怖を払拭したくて、ベティは「一旦帰ります!」とだけ言って、駐屯所にまで走った。


(……なんなんだ。本当に、なんなんだ……!)


 ミツバチの羽ばたきの音がふいに耳に滑り込んできた。

 養蜂はこの村の数少ない産業のひとつだ。ミツバチの巣は存外機械的だということを、以前に巣箱の管理をし、ハチミツを取っていたデニスが教えてくれた。


「蜂の巣には女王蜂がいて、女王蜂から雄の蜂、雌の蜂が生まれる。ちなみにいわゆるミツバチというのは全て雌で、雄はいないんだ」

「雄がいないのはどうして?」

「雄はずっと巣にいるんだよ。女王蜂と交尾をして、女王蜂に卵を産ませるのが仕事。女王蜂が子をつくったら、雄はお役目ごめんで皆巣に戻ることなく、地面で朽ち果てる」

「なんだか可哀想……」

「雄は子をつくるのだけが仕事だからね。雌のミツバチは外敵と戦うために生きているから、外敵を命と引き換えに戦って巣を守るんだよ。そして、女王蜂も代替わりがある。ミツバチの中から選んで、代替わりがなされたら女王蜂も巣から捨てられて死んでしまう……」

「まるで、巣を守るためだけに蜂が生きているみたい……」


 ただ甘い、おいしいと思っていた巣箱に溜め込まれたハチミツだって、元を辿れば女王蜂の滋養のための食事だ。花粉団子、巣蜜だって、人間はおいしいおいしいと横取りをするけれど、全ては次の世代のためだけに存在し、今のためのシステムがどこにも存在しない。

 デニスは「そんなものだと思うけど」と困った顔をしていた。


「だって俺だって村がないと困るよ?」

「デニス?」

「前にせっかく子供が生まれそうだったのに、雷が落ちたせいで台無しになったし……」


 そのとき、ベティはデニスの言葉の意味がわからなかった。

 たしかに新しい命を授かったふたりが亡くなってしまったのは残念に思えるが、デニスが気にしたのは、ふたりの命ではなく、子が亡くなったことのように思える。

 要はデニスは、個人の死よりも村の存続のほうを重く見ているのだ。

 蜂は巣の存続を最優先し、女王バチもミツバチも、雄の羽の生えてない蜂すら自分を最優先しないが。

 それは人間の考え方なんだろうか。

 血縁関係に重きを置く貴族すら、こんなに機械的な考えはしないだろうに。


 そう違和感を覚えたことを、今になってベティは思い出したのだ。


****


*以下古代魔法文字で記入。宮廷魔術師以外閲覧解読不可能。


□年◎月▼日


 宮廷魔術師の合同会議により錬金術による□□の生成は禁止とされた。

 □□の生成はやがて医療革命が起こるだろう画期的なものだったが、現状で出ている理論には穴がある。

 その穴を埋めるための理論が開発できるまで、これらは宮廷魔術師により原則禁止とすべきだろう。

 しかし困ったことに、民間の魔法使いには錬金術というものはさぞ儲かるものと思っているらしく、□□の生成に無断で手を出すおそれがある。

 いずれ宮廷魔術師以外の魔法使いに対する規制がはじまるかもしれない。規制規制で頭の痛い話だ。どのみち錬金術は魔法の中でも金のかかる魔法であり、民間の魔法使いではよほどのパトロンでも付けない限りは、□□の研究に着手できる訳はないのだが。

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