第54話
「お主が胎内におった時の龍海は、なかなか愉快だったぞ」
あの厳格な父が愉快だったなんて、とザクラは興味をそそられる。
「どんな感じだったの?」
「菫が何かしようと動きだしたら、『俺がやる』の一点張りでな。トイレに行くのにもそう言うものだから、菫が『トイレはさすがに無理でしょうが』って怒っての。でも、まあ。そのおかげで安産でお主が生まれた訳じゃが」
「へえ、あのお父さんがね・・・」
ザクラはニヤニヤしながら歩き続ける。
「生まれる時も、龍海ひとりが慌てておっての。菫と龍海の母親が割と落ち着いておって、分娩室から追い出されておったわい」
「いつもはドンとしているのに」
自分が生まれた時にそんなことがあったとは、とザクラは胸が暖かくなる。
「して、50代目。お主の名の由来は知っておるのか?」
「知ってるよ。そんな機会が昔あってさ」
「なるほど」
「確か、この世の春と言わんばかりに桜が咲いた日に生まれたから『ザクラ』。あと、『ずっと、このような謳歌できる人生を歩めますように』って聞いたけど」
「実はもうひとつ由来があってな」
マルリトスは勝ち誇ったかのようにニヤリと笑う。
「え、まだあんの?」
「これは、龍海には言ってないらしいんじゃがな。昔、とある旅先で大きな桜の木を菫は見た。当時迷っていた菫はそれを見て、迷いが消えたらしいんじゃ。
『ザクラ』は桜の木。桜っていうのは、毎年花を咲かせる。暑い夏の陽射しに当てられても、冬の寒さに凍りついても。春を待ちわびてずっと強く立っている。だから、『何があっても強く生きてほしい』という願いもその名にあるんじゃよ」
それを聞いて、ザクラは胸を打たれた。
「なにそれ、素敵じゃない・・・」
「だから、50代目。確かにお前の背中には重いぐらいまでのたくさんの命が乗っている。でも潰されることはない。お主の名には、菫からの愛が詰まっている。菫はずっと見守っているだろうからな」
ザクラはそれを聞いて涙が流れた。
「・・・うん」
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