第53話

「ここを右・・・かな?」

ザクラとマルリトスは母の遺した地図をもとに、『ハイム』という喫茶店を目指す。

「意外と町並みが変わっていないな」

「え、マルリトス、来たことあるの?」

「たぶん、その手紙を書いた時期だと思うがの。菫がつけていた海宝石から見ていたんじゃ」

「へえ」

「そうか、あれからだいぶ経つんだな」

昔を思い出したのか、マルリトスは少し切なそうな顔になる。

「マルリトス?」

ザクラは今までに見たことがない、マルリトスの切なそうな顔に心の中で驚く。

「ああ、すまぬ。昔を思い出していた。あ-、イヤだのう、歳を食うと昔のことばかり思い出す」

そう言ったマルリトスは、切なそうな顔のまま笑った。

「ねえ、マルリトス」

「なんじゃ、50代目?」

「私、あんまりお母さんとの記憶ないじゃない?」

「ああ」

「記憶にあるのは、少しの思い出と、やっぱり死んだあの日のことぐらいしかないのよね」

マルリトスは黙って聞いている。

「だからさ、マルリトス。私はお母さんとの思い出を話してほしいんだよ。」

「でもいいのか?思い出を聞いたところで、辛くなるのはお主じゃないのか」

「そうなる自信はある」

「おい」

「恨みだってあるよ、ウィーン・ウォンドに。

『つらいのを糧にしろ』ってよく言うけどさ、

どうせ糧にするなら、楽しい方がいいじゃない。

それに、辛いままじゃ何も変わらないじゃん?」

「ああ」

「私はあんたとお母さんとの思い出を聞くのを、辛いとは思ってはいない。私の知らないお母さんがいたという真実に、楽しんでさえいるんだから」

ザクラはそう言って、マルリトスを見る。

「だからさ、話してよ。あんたが知っている、

春風菫という人物のことを」

「・・・分かった」

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