8

――何を、思ったのだろう。



 分かっているのに。


 分かっていたのに。



 気づけば、薔崋は駆け出していた。


 目的地もなく、ただ、『逃げる』ためだけに。


 悪あがき。抵抗。もがき。逃走。脱出。


 ただただ、幸せでいたいがために。


 やっと掴んだ大切なものを、手放したくないがために。



 驚くほどの速さで駆けていく薔崋の後ろ姿をじっと立ったまま眺め、青年は、呆れたように首を振った。


「やれやれ……あんたが一番よく分かってんだろ? ――無駄、だってさ」



 そう、分かっているのに。


 分かっていたのに。


 『逃げる』だなんて、


 絶対に不可能だということは。

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