4

 少女は石段を駆け上がった。


 そこにはいつものように、子どもたちに囲まれている少年の姿があった。


 少女は嬉しそうに笑って、駆け寄りながら大きく手をふる。


「おにいちゃーん! 陞葉おにいちゃーん」


 まっすぐこちらへ駆けてくる見知った顔に、少年も気づいて微笑んだ。


「花見(はなみ)。いらっしゃい。遅かったですね」


「うんっ、あのね、あのねおにいちゃん」


 何か言いたそうにしている花見に、陞葉は首をかしげた。


「どうしました?」


「んとねっ、おにいちゃんをね、呼んできてほしいって、下で待ってるの。おにいちゃんのお友達だよ」


 任された役目をしっかり果たせたというように、花見は嬉しそうな笑顔を浮かべてそう言った。


「……私の?」


 しかしその伝言を聞いた陞葉の顔からは笑みがかき消え、いぶかしむように顔をしかめたのち、次いで何か考え込むように黙り込む。


「……おにいちゃん?」


 悩んでいる様子の陞葉を見て、笑顔だった花見は表情を強張らせて不安そうに彼をのぞき込む。


「……わかった」


 しばらく黙っていた陞葉はやがて頷くと、


「伝えてくれてありがとう。皆、ごめんね、帰らなきゃいけなくなっちゃったみたいです。また今度」


 えーっ、と不満がる子どもたちに「ごめんね」と手を振って、陞葉はゆっくりと石段を下りた。


 駆け下りることはしなかった。


なぜなら、これから起こりえることは、きっと楽しいことではないはずだと、自分の中の危険信号が点滅していたから。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る