1-2



「ここ?」


「ああ、いい加減重てえから降りろ。お前ここまで来たんだから暴れんなよ。腹くくれ」


「腹くくれってあたし何も悪い事してないのにっ」



よっこらしょなんて言いながらあたしを肩から下ろし、首をゴキゴキ鳴らしてる。「あー肩こったー」そんな声も聞こえるが失礼なので敢えて無視しようと思う。



「んじゃ行くぞ」



翼は肩を鳴らし終わり高級マンションの中に足を向けた。


どうしようか、逃げようか?ただ逃げたら最後こいつはきっと鬼の形相で追いかけてくるんだろうなと容易に想像出来たので仕方無く素直にあたしも足を動かして後を追う。


エレベーターの中に入り何の躊躇いも無く最上階のボタンを押す翼。


これから会う人はお金持ちの人なのかな……。



中に入って見れば外観だけでなく内装も豪華で眩しいマンションの中に目眩がする。ぐんと下から上へと押し上げられる感覚にあたしは緊張で唇を噛み締めた。


軽い音と共にエレベーターが最上階で停止した。エレベーターから降りると、この最上階にはどうやら一部屋しかないようで、ポツリと一室の扉だけが姿を現す。


部屋の前まで行きインターホンをピンポンピンポンピンポンとしつこいくらい翼が押すと中からさっきの銀髪が顔を出した。



「押しすぎ押しすぎ。俺の方が早かったな。今まで何やってたんだよー。まさかお姉さんと楽しいひと時でも過ごしにいってたんじゃねーだろうな?」


「あほかてめぇは!!俺は殺されかけてたんだよ!こんな女頼まれてもこっちから願い下げだわ!」



あたしも願い下げだ。銀髪の横をすり抜けて中に入っていってしまった翼を睨んでみるがもうあたしに振り返る事は無かった。


銀髪も銀髪でまた翼が中に入ったのを振り返り確認し、それからとあたしに視線を滑らせる。



「とりあえず どーぞ?」



ドアをひいて中に促す銀髪。あたしは戸惑いながらも男の顔をジー探るように確認しある事に気がついた。あれ?この顔。



「もしかして翼と双子なの??顔がそっくりだけど」



翼と顔立ちがほとんど一緒。違うのはパっと見髪色くらいだ。



「ん?ああ、そうそう。翼は俺の双子の弟なんだわ。迷惑かけたみたいで悪かったねえ」



翼と顔はそっくりなのに全然出来が違うように思う。挨拶がしっかり出来る双子の兄貴ってわけか。双子ならこの兄貴の優しさをもう少し弟ももらえばよかったと思う。


ふーん、なるほど。頭を振るあたしの前で双子の兄貴がそっと片手をドアへと着いてあたしに顔を近づけた。翼と似た顔だと思っていたが妖艶さは兄貴の方が勝るらしい。口角を持ち上げれば視線を逸らせなくなる。



「お姉さん今夜は暇なの?暇なら俺の相手してくれない?俺すっごく上手だよー?」



耳元で甘い声を落とされてあたしは肩を震わせ両手でベチン両耳を勢い良く押さえる。何だ今の声。



「け…結構です…」


「ざーんねん。俺結構お姉さんの顔はタイプだったんだけどねー」



前言撤回、やっぱりこの兄貴も何だか変だ。出来が良いとか騙された。双子そろって質が悪い!弟はかなりのバカ男で兄貴はかなりのエロ男か!?


あわあわ慌てるあたしの元に翼の声が飛んでくる。



「お前ら何いちゃついてんだ。優が呼んでんぞ」



廊下の奥の部屋から再び顔を出した翼が生意気に顎で指図。



「へいへい、今行きますよっと」



あたしここに来て本当に大丈夫なんだろーか。命の危険とか体の危険とかそういうものを感じるんだけど気のせいじゃないよね。この一歩を踏み出したら色々ダメな気がするが。


けれどあたしに考える時間は与えてはくれないらしい。「ほらほらお姉さんおいでおいで」銀髪はダラっとした気の抜けるような声であたしを呼び、引きずるようにして室内へと引っ張った。


それに連れられ脱ぎ捨てるような形でパンプスを玄関に投げる。足を止める間も無く廊下を引きずる銀髪の手は翼の手より少々痛かった。


傍から見ればエスコートされているようにも見えるが実際掴まれている腕は悲鳴をあげている。


痛みに顔をしかめながらも高級マンションの一室を確認。何人ここに住んでいるのかは分からないが部屋数も多く、扉一つ一つが高級そうだ。


そんな一番奥の部屋、開きっぱなしのそこへと引きずられて行くと大きな黒いソファーが二つに大きな液晶テレビが一つ、ととてもシンプルな部屋へとたどり着いた。テレビもソファーも特大サイズ。



本当にここに住む人はお金持ちなんだなー。



「おせえんだよ、さっさと終わらせてえんだから早く来い」



翼が黒いソファーに踏ん反り返りながらあたしを睨みつけてくる。


あたしだってありえない事がありすぎてまだ理解不能で混乱中なんだよ。時間をくれてもいいじゃないかと唇を尖らせると、やっとあたしの腕に絡みついていた銀髪の手が離れていった。


離れる間際じくじくと痛みが増した気がするが「痛い」とは言わなかった。言わなかったというよりも言えなかった。


言わせない雰囲気が銀髪から漂っていたからだ。


あたしの隣にいた翼の双子の兄貴がもう一つのソファーに腰掛けながらあたしに隣に座れば?と視線を投げかけてくるが首を振る。


翼の隣には知らない男の人が座っていて、暫くその男を探るように凝視した後「おいでよお姉さん」冷えた声色で双子の兄貴に呼ばれ、最終的には逆らえずおずおずと銀髪男の隣に腰掛けた。


居心地悪く、身を小さくしながらも膝に落とした手を忙しなく交差させる、と。



「んで?どーすんのよ優ちゃん。この子とりあえず連れてきたけど。別に問題ないなら返してやればいーんじゃね?」



銀髪男が口火を切った。それはなかなか良い事を言ったと勢い良く隣に顔を向けてウンウン頭を縦に振っておく。それに続くように翼が。



「俺らの事情も知らねえみたいだな。見られた事は誤算だったけど、帰しても問題はねえと思う」



そうだそうだ、もっと言ってくれ。っであたしを安全な外に逃がしてください。


2人が話しかけている男をもう一度確認する。


翼の隣、静かに腰掛けている男の髪の色はオレンジ色という珍しい髪色だった。無造作にセットされている髪型なのに端正すぎる顔立ちには良く似合っていて、男にしては酷く綺麗な男だ。



うーん、唸っている姿だけで何故か絵になりそう。



「えっとーこの子名前なんやっけ?」



その顔立ちには何とも似合わないふにゃーっとした舌っ足らずな言葉が溢れる。関西弁も意外に思えた。


へらへらと何がそんなに楽しいのか、笑いながらあたしの事を見つめてくるオレンジ髪の男。


あたしは翼と銀髪男を交互に見た後、しらーっとした表情を返されたので仕方無く。



「あ…宮森 愛理…」



自分の名前を渋々そっと口にする。



「そっかあ。かわええ名前やなあ。俺は有岡 優(ありおか ゆう)、この2人がなんか迷惑かけたみたいで悪かったな?」



ほんわか和んでしまうような穏やかな笑顔をあたしに向けて言う。横と斜め前の男とは全然違う。



「俺ら迷惑なんかかけてねえよ!こいつが勝手に俺らの邪魔しやがっただけだわ」


「ちゃうやろ。翼はもうちょい冷静になれや。空から聞いたけどまた手だしたんやって?俺は話聞けばええ言うただけやろ」


「お前は甘すぎんだよ。俺らの仲間がやられて――――。」



そこまで言いかけて翼とあたしの視線が絡み合う。数秒迷ったように口をパクパク動かしていたが、「ちっ、」舌打ちをして続きを話す事をやめてしまった。



「まぁ、とりあえずこいつは大丈夫だろ。高校生じゃないって翼も言ってたしな。今回の事も黙っててくれんだろ?」



銀髪男が細い腕をこちらへと伸ばし親しげに肩を組んでくる。トントンと叩かれるその手に恐怖感が芽生えた。決して痛くは無いのに不思議だ。


あたしは首を千切れんばかりに縦にふった。


今日起きた事とか何一つ未だに理解はできていない。だから誰にも言ったりするつもりは最初から無い。


むしろこの場から早く立ち去りたかった。



オレンジ男は別として目の前の翼はさっきから鋭い視線を送ってくるし。横の銀髪からは嫌な色気とプラスしてあたしに敵意を向けてきているのが良く分かる。


ここに連れて来たものの何故かあたしをさっきから探るように見つめてきてる。



「あたし誰にも言わないし、今回の事とかも何が起きたかさっぱりなくらいだったから」



全然理解できないと必死に訴えて見せればオレンジの男は「うーん」唸った後あたしの顔を見て携帯、化粧ポーチ、財布をかかえている手を見つめてきた。


口を曲げ、全てを悟ったように数回頭を縦に振ると。



「愛理ちゃん 俺の家でしばらく暮らさへん???」



我が耳を疑うような発言をし出した。


一瞬あたしを含め翼、隣の銀髪男の時が止まったようだった。


間抜けな表情をしたあたしと同じように翼がぱちんぱちん瞬きを繰り返していて、あたしの肩を組んでいた隣の銀髪男の手もするすると滑り落ちていく。


三人揃って間抜けな表情でオレンジ男を見つめた後互いに一度見つめ合い。



『はあ?』



揃って同じ言葉を吐き出してしまう。


ちょっと待ってくれ。全然意味が分からない。


たった数分前出会ったばかりで知ってる事と言えば名前くらいなのに、そんな見ず知らずの人間に暫く暮らさないかとは一体どういう事だ。



「ええやんええやん。その道具だけって所を見ると家出みたいやしさ?俺の部屋広いし空き部屋もあるんやで」


「何言ってんだよ優!このちんちくりん女に惚れたのか?惚れちまったのか!?趣味わりー事言いだすんじゃねぇだろうな?血迷うな!やめとけ!俺は認めねえ!」



オレンジ男の肩を掴みグラグラと揺さぶる翼が「しっかりしろ!この女は悪魔だ!妖怪だ!」なんて騒いでいるが今は腹をたてる気にもならない。



「ここ俺んちやし別に俺の勝手やろ」


「まぁーそれはそーだけどよ。俺はびっくりだね。優ちゃん“いきなり何でまた?”」



銀髪男が滑り落とした手を再びあたしの肩へと上げてくる。何となく含みある言い方のように思ったがあたしには到底理解出来ない世界なので考える事をやめ、向かいのオレンジ男の返答を待つ。


オレンジ男は未だヘラヘラしたままに。



「んー、なんでやろなあ?愛理ちゃんが捨て犬みたいな顔で俺に助けを求めてきたから?」



そんな事を言うでは無いか。



「捨て犬!??優、眼科行け。そろそろメガネかコンタクト買って来いよ。捨て犬とか一緒にされた捨て犬が可哀想だわ。どう見たってドブねずみとかその変だろ」


「ちょっと、それ失礼すぎる!」


「俺は本当の事を言ったまでですぅー」


「あ、あたしだってちょっとお目目キラキラパチパチさせれば捨て犬っぽく見えるような…」 


「ばっかやめとけよ!超気持ち悪いんですけどおー!吐くわ」



おいその失礼さいい加減にしろ。それに捨て犬みたいな目はしていないから。それたぶん勘違いだと思われる。むしろあたしは一刻も早くここから帰りたいのだ。



「愛理ちゃんの部屋はここの部屋出て右の部屋な。好きに使ってええから」


「え、待って待って」


「あ、別の部屋がええ?どこでも好きに使ってええよー」


「違う違うそうじゃないです!あたし家出少女じゃありませんからお気になさらず」


「いやいやどう見たって家出少女?家出お姉さん?気とか使わんでええからさ。それに敬語もいらんで?俺の方が年下やしな。翼から年齢聞いとるから」



え、そうなの?翼はともかく凄く大人ぽいから年上か同い年くらいなのかと思っていた。



「あと自己紹介したんか知らんけど愛理ちゃんの隣のそいつは翼の双子の兄貴で空(そら)って言うねん。ほんまはもう1人いつも一緒におる奴が居るんやけど…まあまた今度会った時に紹介するから」


「ああ…はい……」



って違うでしょ!!



「あ!!!あの…」



肩に触れていた空の手を払い落とし勢い良く立ち上がる。流されてる流されてる。このままではいかん。テーブルへと両手を落とし口を開こうとしたあたしよりも先に。



「あーいりちゃん?もう夜も遅いし、こんな時間まで女の子一人で外ウロつかせんのは俺も心配やから泊まってって欲しいんやけどなあ?」



優がその言葉を阻止するように一本指をあたしの唇へと押し付けた。


裏があるようには思えない言い方だった。本心で本当に見ず知らずのあたしを心配してくれているような声色に言葉が出ない。加えて。



「言うこと聞いてくれないと、めっ、やからね」



そんな子供じみた事を言われついつい口元が緩む。


 

「いつまでおってもええし。嫌やったらいつ出てっても構わんから。とりあえず今日は言うこと聞いて?」



卑怯だと思う。こんなかっこいい顔でそんな優しい事言われたら断れるわけが無い。



「と…とりあえず今日は泊めていただけないでしょーか…」



暗い夜道、あの不気味な桜の木の下を宛もなく歩く事をふいに考えたら少し怖くもなったためあたしは優の提案にぎこちなく頭を縦に振った。


それを聞き翼はうげーなんて言いながら嫌そうに顔をしかめ背中をどっかとソファーの背もたれへと預ける。


隣の空はへぇーなんて何とも取れぬその反応をして、不敵な笑みをうかべてて。


優はと言えばどーぞどーぞと満面の笑顔で答えてきた。


あたしこれからどうなっちゃうんだろうかーーーーー…。


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