闇と光

1★

夜の出会い

1-1

皆さんは自分の人生に嫌気がさすことなんてありません?


あたしはたった今。いえ、もっと前から?



周りのみんなが自分の夢にまっしぐらな中あたしは見事に出遅れた。


今頃皆、専門学校や社会人として周りは大変な時期だと思う。


だけどそんな時期、あたしは何をしているかって?


ーーーーーあたしは……。



ピンク色の桜が咲き始め、ヒラヒラと足元に桜の花びらが舞い落ちる。足元に散ってきた花びらがたまたま靴先を撫でるように滑り灰色の地面へと落ちて止まった。


周りは今頃大変な時期。春のこの時期はどこもかしこも大騒ぎだと言うのにあたしは何をやっているんだろう。本当に嫌になる。


高校を卒業したばかりのあたしは、周りがどんどん将来に向けて突っ走る中、完璧に出遅れてしまったのだ。いや、出遅れたどころではないだろう。



自分のなりたいものも、やりたいことも、本当に何も分からなかった。なぜか周りが焦っていたのを他人事のように見ていたのを良く覚えてる。


楽しかった高校生活はあっと言う間に一変しーーーーーーああ、本当、もっと楽しんでおけばよかったのかなと今更ながら後悔。


周りがどんどん大人になって、あんなにバカな事をやっていたのが嘘みたいにまじめになって、自分だけ大人になりきれないまま取り残された。



就職先も進学先も見つけられず卒業して、卒業したばかりの頃は友達と遊んだりもしていたけれど、やっぱりみんな自分の事で忙しくなると連絡もあまりとらなくなってしまった。


親にも呆れて見離され今に至るというわけだ。



「さっむいなー」



桜が咲き始めたといってもまだ4月の中頃。夜はやっぱりまだ寒い。刺すように冷たい風があたしの体を吹き抜けていく。


顔を下へと下げ闇色に染まる足元をジっと見つめながら宛も無くただただ足が動くそれに従って先へと向かう。あたしこれからどうしたらいいんだろうか。



親と喧嘩したまま飛び出したものの、財布と携帯と化粧道具しか持ってきていないという、何ともまあ間抜けな有り様。



「はぁー…」



口から吐き出した溜め息が闇夜に包まれた春風に乗って消えていく。



だってさ、言い訳だけど自分のやりたい事じゃないのにやっても面白くないと思う。


自分のやりがいがある事をしたかったんだ。


だから自分のしたいこともないのに無理やり決めても絶対後悔すると思ってなかなか行動を起こせなかった。


そう思っていたら出遅れ組になってしまったのだけれど。実際これも良く良く考えればただの言い訳なんだよな。



「あ…桜だ」



考え事をしながらも、ふと頭上を見上げると大きな桜の木が風に揺れているのが目に映る。ピンク色の花弁が揺れるたびにチラチラと舞っていた。地面にピンク色の絨毯ができていく。


でも何だか夜の桜はやっぱり少し不気味に見えるな。揺れる様がまた少し気味が悪く見えゾクリ、寒さと悪寒を感じて肩を震わせた時だったーーー…。



『そっちいったぞ』


『うっせ、分かってるっつの!!っつうか兄貴もしっかり走れよ!なんっだそのダラダラな走り方は!やる気あんのかよ!』


『いやーだってねえー俺こういうの実際苦手じゃーん?』



闇夜の静けさを突如切り裂くような慌ただしい足音と鋭い声、背後から響いたそれにあたしは驚き勢い良く後ろを振り返った。



な、なんだ!?何事だ!



振り返った先からは街灯に照らされ、こっちに向かって走ってくる人影が三つ。前方の影を後ろの影二つが追いかけるような形でこちらへと迫って来ていた。



な、なにっ!?こんな夜中にいったい何事。



まさか楽しい楽しい鬼ごっこ!?いや、そんな可愛いものではなさそうだ。


だんだんとこちらに近づいてくると顔も少しずつだがハッキリと見えてきた。前を走る1人の男は顔が真っ青で血相変えて後ろの二人から逃げるように悲鳴をあげて走ってる。


後ろを追う二人のうち一人は何を考えているのか分からない表情だがもう一人は鬼のような形相だ。



「てめぇ待てっつってんだろ!!」



鬼のような形相で前方の男を追いかけて居た男が怒鳴り散らしながらも素早く一瞬しゃがみこみ何かをグっと手の中へと包み込み体勢を上げる。


包み込んだ何かがいったい何なのか、そう思い目を凝らした瞬間には野球ピッチャー顔負けな素晴らしいフォームでおもいっきりそれを前方の男へと投げつけたのだ。



ーーードカッ!!



物凄い音が闇夜の中鳴り響いた。コロリあたしの丁度足元まで転がってきたソレは石ころであたしまで顔が青ざめる。


手の平サイズの石ころとは言え、振りかぶって投げつければ無傷では済まないだろう。


現に後頭部にそれを当てられた男は勢い良くあたしの丁度真後ろで音をたてて地面へとすっ転んでいて。



「よっしゃ!俺すげぇなオイ!今のやばくねぇか?プロ野球からスカウトきちまうんじゃね?」


「んなわけねえだろ、つうかこねえよまず。それよりもこいつ死んでねぇだろうな」



石を投げつけて直撃した事に喜ぶ金髪男、しかも何やら意味不明な事を言っている。


嬉々とした様子のまま気絶した男の元までやってくると「やべえ、強く投げすぎたか」反省した態度は微塵も見せず笑ってる。


それを横目に呆れたように嘆息したもう一人の男はツンツンと転がった男を指でつつき銀色の髪を邪魔そうに後ろへと撫で付けた。


明るすぎる二人の髪色があたしの近くに来た事により露になった。


眩しい金色と銀色の髪をジー、直視したままあたしは何が何やら分からず動けない。



な、なんだこいつら。



あたしの目の前で今起こった出来事はあまりにも唐突で、あまりにも一瞬で理解できない。



まさか、殺人事件!?そ、そうなのか!?それは大変だ!やばい警察に連絡しなくちゃ!!!そんな事ってあるの?いきなり起きたりするの?慌てふためきながら携帯をポケットから引きずりだした時だった。



「てめぇ誰だ?」



慌てて1と数字が書かれた部分に指先を押し付けたあたしに金髪男がゆっくりと視線を上げて問いかけた。端正な顔立ちだがギロリ、こちらを鋭く睨みあげた事でその顔立ちも半減する。



あーーーー死んだ、あたし死んだよ。絶対殺される。



まだ何もやりたい事見つけてないのに かっこつけるんじゃなかった。やりたい事がなくても専門学校に行ってまた新しい友達を増やせばよかった。それか就職して少しでもお金貯めておけばよかったな。


走馬灯のように色々な事が頭に浮かんでは消えていく。唇を噛み締めてジワリ浮かんだ涙をぐっと堪えていると。



「何1人で百面相しちゃってんだこいつ」


「さぁ?これ見られちゃったけどいいのか?ダメじゃねえの?」



金髪と銀髪は今までの後悔で顔をしかめるあたしから視線を逸らし互いに顔を見合わせて肩をすくめて嘆息する。2人でこそこそ話しあっているその話はほとんどあたしの耳に入らない。



今、死ぬ前に色々楽しいこととか考えさせてくれ。



「殺すなら痛くしないでください…」


「はあ?こいつまじ意味分かんねえよ空。なんかこえーんだけど。やべえ薬とかやってんじゃねえだろうな。」


「ほっとけ。俺らの目的はそっちじゃねえだろ翼」



物思いにふけっているとあたしの足元で倒れていた男が呻き声を上げてゆっくりと起き上がったのが視界の隅に映った。


考え事をしていた思考が一旦停止、頭からダラダラと赤黒い血を流す男にあたしの視線は奪われる。


思わず悲鳴が上がりそうだった。男の顔色は真っ青と言うよりも真っ白で不気味に見えたからだ。



「お、俺は…ひぃっ!」



起き上がったかと思うと後ろの金髪、銀髪の顔をみて震えだす男。


その反応に本当にやばい人達な気がしてきた。この2人何者だよ。



「てめえ!ちゃっちゃと吐けば痛い目みねえのに逃げるからこうなんだぞ!」



金髪はそう言いながらその男の髪をガシっと鷲掴み引き寄せた。荒々しく揺さぶられ男は「ひいひいっ」と頼りない悲鳴を上げている。男の表情が痛みで歪んでいた。


けれどそんな事を気にする様子も無く、金髪はさらに揺さぶる事を激しくしていく。



「そうそう。っで?俺らの仲間やったのって誰なんだ?教えてくれよお兄さん」



銀髪は顔が当たるくらいに悲鳴を上げる男へと顔を近づけ、自分の口端を意地悪く持ち上げ問う。


その意地悪さの中に妖艶さが含まれたような表情に見えて一瞬視線が逸らせなくなる。


言い方は二人ともふざけているみたいだけどさっきとはまったく違う顔。笑ってるけど笑ってない。それが酷く不気味に見えた。



それを見てあたしの中で警告音が鳴り響く。逃げなきゃっ、そう思うのに足が動かない。



「し、知らねえっ!!本当に知らねえんだ!俺は下っぱだから上がやってる事全て分かってるわけじゃねえんだよっ」



冷や汗を流しながら訴えかける男はますます顔色が悪く見える。



「はあ?めんどくせえ。やっぱ下じゃなくて上あたるしかねえな」


「だな、けど上がでてこねえから下に片っ端から聞くしかねえだろー。って優が言ってたんだけどね」


「こんな地味作業は俺の性に合わねえよ。めんどくせえな。こんな事してるうちにまた仲間がやられてっかもしれねえのに」


「それは優に言えよ」


「っでこいつどうするよ」



掴んでいた髪をパっと離し目の前の男を冷たく見据える金髪。掴まれていた手が離れると男は落ちるようにして地面へと倒れ込んだ。


鈍い音をたて地面に転がり体を震わせた男が惨めに見える。まるでこれから起こる恐怖を既に知っているみたい。



「まあーやっちゃっていいんじゃねえの?」


「だよな。優は甘えんだよ。敵に情けなんてかける必要ねえわ」



そう言って指の関節をバキバキと鳴らしながらも金髪が振り上げた拳を男に何の躊躇も無く振り落とした。


瞬時にあたしはバッと顔を背けたけど鈍い音が耳を掠めていくそれに背中が震えて声も出ない。



どうしてこうなったんだろう、目の前で起きている状況はいったい何。震える手をゆっくりと両耳に押し当てる。それでも鈍い音は指と指の隙間をすり抜けてあたしの鼓膜を叩いていく。



「いっ、痛え!助けてくれよっ」


「お前何言ってんだ?敵に助けなんて求めてんじゃねえよ!!」



や、やめようよ。あんたらの事情は知らないけど、その人は人間なんだよ?



殴る金髪はまるで笑っているような声だった。どうして殴りながら笑えるんだ。金髪は物凄く楽しそうに拳を振るっているみたい。何度も何度も何度も。


まるで楽しいオモチャでも見つけたみたいに楽しげに口元を緩めていて、それにゾっと嫌なものを感じた。


春風に揺られあたしの長いパーマがかった茶金の髪が揺れる、その隙間から気絶しているにもかかわらず笑いながら殴り続ける金髪を冷めた目で見つめる銀髪が見えた。



「おい、もう気絶してる。やめとけ」



明らかに止めるのが遅すぎる。それを分かっている風な言い方で気怠げに片手をユラリと金髪へと伸ばした銀髪はやっと待ったをかけた。


つまらなそうに男の上から退いた金髪がその手を止めてヒラヒラと掌を振るってる。



「面白くねえな。やっぱ下じゃ相手にならねえよ」



伸びをして欠伸を吐き出す金髪。今起こった事はスポーツの何かとでも思っているような仕草だ。



信じられない。頭おかしいでしょ。今の今まで人間を笑いながら殴っていたとは思えなかった。



銀髪は気絶して顔の原形がなくなった男を冷たく見下ろしながら煙草に火をつけている。ふー、と白い煙を暗い空に吐き出すと横目でチラリとあたしの顔を見た。


刺すように冷たい視線があたしへと向く。



「ってかお姉さん誰?」


「え」


「え、じゃねえから。お姉さんさっきからずっと見ちゃってたけど、これ誰にも見られるなって優に言われてるんだよな」


「そういえばこいつ誰だよ?ジロジロ見てんじゃねぇぞ!!」



今更ながら憤慨されても困る。突然目の前で暴れ出したのはそっちじゃないか。言いがかりはよしてほしい。


あたしは静かに物思いにふけっていただけだからね。なのにそんなあり得ない事が目の前で起きれば誰だって硬直しちゃうだろうよ。



「仕方ねえな」



呆然とするあたしを刺すような視線で見つめていた銀髪の隣で、金髪は面倒臭そうに自らの髪を片手で乱すと。



「この女、優の所に一旦連れて行くわ。これ見られて帰すわけにいかねえし」


「は?」


「じゃねえと、お前も何かあぶねえ事やらかしそうだし」



ついっと顎をしゃくった金髪の視線の先が、銀髪の片手が突っ込まれたポケットへと注がれる。


何の事?とでも言いたげな、とぼけた表情で笑った銀髪はゆっくりとその手を引っこ抜いて、何も握りしめられていない手を振ってみせた。



「大体隼人も嫌がるでしょうが。後始末も終わってねえし」


「後始末はお前に任せる」


「あのなあ」


「良いから。優に聞いて、それから決める。これは俺達が決める事じゃねえ。そうだろ」


「……そうかよ。だけどな、分かってんだろうな。あの時みてえになった時は」


「分かってる。とにかく行けよ。後は任せたぞ」



そう言ってひらひらと手を振った金髪に、何か言いたそうな一瞥を向けた銀髪は元来た道へと戻って行った。


薄暗い世界へとゆっくり時間をかけて溶けて行く銀髪の背中が完全に闇に飲まれて数秒後、あたしは静かに生唾を飲み込んだ。



未だに状況が掴めない事に静かな焦りを感じる。



「ったく…めんどくせー事になってきたな」



銀髪が暗闇の中、消え去る姿を見送った金髪は、顔をしかめながらも、あたしにくるりと勢いよく体を向けた。


それに驚き飛び退くようにして一度後退するが硬直した体は言う事を聞いてくれず無様にフラフラとフラついてしまう。


せ、せめて殺されるならまだ銀髪の方が良かった気がするんだけど。目の前で不気味に笑いながら男を殴っていたこいつを残されても困る。


それでも無駄な抵抗を見せようと緩くファイティングポーズを取ろうとしたあたしに唐突にーーーー。



「お前名前は?」



金髪がそう問いかけた。



「は?」


「は?じゃねえよ。喧嘩うってんのか?名前だよ名前!」



そんな、突然見ず知らずの、しかも危なそうな男に名前を聞かれたら聞き返してしまうのは仕方無いと思うのにいちいち逆上してくるこの男にあたしは訳が分からない。


名前は…って。口をもごもごと無意味に開いて閉じて繰り返してみるが金髪があまりに恐ろしい顔で睨むから渋々口をゆっくり開いた。



「宮森(みやもり)」


「……みや…下の名前は…」



一瞬あたしの名前で考えるような表情を見せた男はすぐに面倒臭そうにポケットに手を突っ込みながら聞いてくる。


面倒臭いなら聞くなよ。失礼な奴だ。



「愛理…(あいり)」


「へえ」


「(へえって…)」


「ちょっとついて来い」



金髪は名前を聞いておいてさほど興味無さそうに生返事を返し、あたしの腕を強く掴んでくる。


ミシリと骨が悲鳴を上げるような痛さに顔をしかめたが悲鳴を上げる前に強く引きずるようにして歩きだした。



待って待って待って。



「ちょ 痛いんだけど!!どこ行くの」


「うっせーな ぎゃあぎゃあ騒ぐな。近所迷惑だわ」


「あ、あんたに言われたくないんだけども!ていうか騒ぎたくもなるだろ!!あんた名前聞くなら自分も名乗りなよ!!」



あたしが大声で怒鳴り抵抗するように両足を地面で突っ張るとズンズン歩いていた足をピタリと止めあたしに勢いよく振り返ってくる。


じーっと暫く納得いかなそうな表情であたしの顔を見つめた金髪は面倒くさそうに、



「青井 翼だ……(あおい つばさ)」



とそう答えた。名前は翼と言うらしい。なるほどと納得しながらも翼と言う男の顔を凝視してみる。


笑いながら他人を殴っていた事を差し引けばこれはイケメン系統だと思う。端正な顔立ちの中にまだほんの少し幼さ抜け切れないそれが見え隠れするのが何とも言えない。


薄暗い街灯に照らされた男の髪はキラキラと眩しいくらいの金髪で、ふわふわのパーマがかかっていた。



うん、こいつこの性格じゃなきゃ意外とモテるかもね。



「何見てんだよ!まさか俺に惚れたんじゃねえだろうな!?やめとけやめとけ、てめえみたいなチンチクリン女10万もらっても相手したくねえよ。」



この性格じゃなきゃね…そして凄く失礼だと思う。その言葉そっくりそのままお返ししたい。



「ってかあんたいくつ…」



顔はイケメンなのにすっごい性格はガキっぽいし。絶対あたしより年下だと思う。


上から下まで探るようにして翼をじろーり見つめれば、翼は「はあああ?」憤慨したように眉を吊り上げた。



「何でそんなこと教えなきゃなんねえんだよ!つうかお前こそ歳いくつだ!年上に敬語話せって親に教わってねえのかよ」


「……あたし18だけどもうすぐ19になるよ。高校卒業したばっかりだから」


「……」



その言葉を聞いた翼は一瞬驚いた顔をしてから、しまったという顔をする。やっぱこいつ年下なんだな。



「さっきの言葉そっくりあんたに返すよ!年上に敬語話せって親に教わらなかったのか!」


「う…うっせーばばあ!年上ぶんじゃねえよ!!」


「ば、ばばあだと!失礼な!くそガキめ!」


「若さ妬んでんじゃねえよばーかばーか!」



む、むかつく!!何このガキんちょ!!ば、ばばあってまだそんな歳じゃないし!小学生かこいつ。



「お、お姉さまとお呼び」


「意味わかんねぇわ。キッモ!っつーかお姉さまならもっとお姉さまらしい格好しろよ。何だそのチャラチャラした格好」



今度は翼があたしを上から下までじっくり眺める番だ。じー見下ろした後、やれやれと呆れた様子で頭を振ってみせた。



「お姉さまっつうのはなシャンとした恰好で綺麗系の事言うんだよ。てめえのどこがお姉さまだ。プププ笑わせんなよ。大体黒髪のサラサラツヤツヤヘアーじゃなきゃ俺はお姉さまとは認めねえ。その髪色なんだよ」



何だと!確かにあたしの髪色は金髪にちょっと近い茶色だよ?けど君には言われたくないからね!!何だその眩しいど金髪は!



「後その髪型。俺とかぶってんだよ」



はああ?????


いやいやかぶってないでしょうよ。自分の髪を見せつけるようにして勢いよく引き寄せる。


パーマは確かにかかっているけども長さが全然違うと思う。胸下くらいの髪をぐいー引き寄せてから向かいに対峙するように立つ翼を確認。うん全然被ってはいない。



「何さ!あんた!さっきからやけにあたしに喧嘩売るよね?なんなのまじで?なんなの!!?その喧嘩買った!」



あたしはそう言ってガシっ!と翼の胸倉を掴んで大きく揺さぶりにかかった。グラングラングラングラン勢い良く怒りのままに振り回してやる。



「って、てめぇ!ふざけんな!!おえっ、苦しいからやめろ!」



知るか!!!!そっちが喧嘩売ってきたんだろ!!



止める事なくガックンガックン尚も揺さ振り続けているとふいに流行の着信音がどこからともなく流れてきた。


揺さぶっていた手をパっと離したと同時、あたしから飛び退くようにして退避した翼は荒い息を吐き出しながらも「信じられねえ暴力女だな!」捨て台詞をしっかり吐いて鳴り響く自分の携帯を派手なパーカーのポケットから引きずり出した。



「も、もしもしっ…、は?何でそんなに息上がってんだって?バカ野郎!今殺されかけてたんだぞ!……ああ…うん…分かった。後変な奴1人連れてくからな…おー!じゃっ」



淡々としたやり取りだけで通話を切り、携帯をポケットへと再びぐいぐいと押し込み終えた翼は恨めしそうにこちらを睨んでくる。


いやいやあたし悪くないから。絶対悪くないから。悪いなんて認めないから。そっちが喧嘩売ってきたんじゃないか。こちらもこちらでプクリと頬を膨らませて数歩後退する。



「空、後始末終わって先着いたみてえだ。ったく男の胸倉掴むなんて信じられねえなてめえは」


「あたしもびっくりだよ。でも人間本気でムカついた時って周りが見えなくなるもんなんだね」


「冷静に判断してんじゃねえよ」



いやいやだってそうじゃないか。まさかこんな得体の知れない男の胸ぐらを掴みグラングラン揺さぶってしまうとは夢にも思わなかったわけですから。


他人事のようにそっと考えていると、翼は痺れをきらしたように。



「さっさと行くぞ!」



あたしの腕を再び引き寄せる。今度はそんなに痛くは無かった。



「ちょっとどこ行くのさ。あたし行かないよ。あんたみたいなバカと付き合ってたらあたしまでバカになっちゃうし!」


「十分お前もバカだろ!!っつかこっちは忙しいんだよ!まじでめんどくせえ女だな!!」



そう言ったかと思うと翼はあたしを強く自分へと引き寄せて、腰を一旦落とし軽々と肩に担ぎ上げた。ふわりとした浮遊感、世界がグルリと一回転。


見えるのは暗い空では無く暗い地面とズンズン突き進む洒落た翼の靴で。



「ぎゃあ!変態!痴漢!拉致だ拉致!!警察に訴えてやる!!おままっ、おまわりさん!!」


「はあ?おまま、おまわりさんって何だよ。日本語喋れ。さっきから本当うっせえお前。そのお口チャックしてくだちゃいねー」


「子供扱いすんな!年上って言ったじゃないか!」


「全然見えませーん」



あたしの非難の声を無視して翼はずんずん高級住宅街が立ち並ぶ道に足を向けていく見た事も無い高くそびえ立つマンション、屋敷のような家、それらを通り越していくうちに段々と抵抗力を失って翼の肩で静かにしていた。


時々翼はあたしの事が気にはなるのか あたしに振り返りまた前を向いて歩きだす。言葉は何もかけてはこなかったけれど。


そうして暫く歩いていくと翼がピタリと足を止めたのであたしも翼の肩に担がれたまま後ろを振り向き確認する。


そこにはいかにも高級そうなマンションが聳え建っていた。ライトアップから外観、何から何まで凄い。マンションの敷地内も広く花壇には色鮮やかな花が咲いていた。

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