みんなの謎

記憶をぐいぐいと手繰り寄せてみた。




あたしがまだ高校生だった頃、あたしの高校の周りでは変な縄張り争いみたいのがよく起きていたらしい。らしいと言うのは直接関わった事は当然無いし、人から聞いただけの話だったから。




争っていたのはどうやら男子高と言う話しだった。『北原高校』『南原高校』『東原高校』『西原高校』四つとも有名な不良高校だとは聞いていた。あまり関わらない方がいいとも。




悪い時は路上で出くわしただけで周りも気にせず喧嘩が始まったり。相手高に乗り込んだりと…悪い噂はたくさん聞いてた。




まさかその話の主達が目の前にいる四人なのか。しかもその噂の一つである北原高校のリーダーが優なんて。




それはそれはーーーーーーーー。




呆然としたまま優を見つめるあたしを見て、空は冷めた表情のまま言葉を繋ぐ。





「……分かっただろ。お前は隼人のあんな姿見て同情してここに残るか悩んでるみてえだけどな。俺らと関わるのにそんな甘い考えじゃやってけねえんだよ。」




その通りだ。あたしは隼人くんの姿を見て可哀想だと思ってその傷の話をいつかしてくれたらいいなと思った。だから優がもしもう一度残ってもいいと言ってくれたら悩んでいたと思う。




「俺らは今すげえ大変な時期なんだ。南原の方は優のおかげで吸収できたけど他二つとは今もまだ抗争が絶えねぇし。そこにお前みたいなか弱い女が優の女じゃねえの?なんて噂がたったらどーよ?」




それはーーーーー。




「危ない事になるのかね?」




えへへ、小首を傾げながらもポリポリと頬を掻いて笑って見せる。翼がサっと呆れたような表情に変え、隼人くんがパチパチと瞬き、優が「ゴホッ」咳き込み、空に至ってはーーーー。




「ははははっ、こいつぶん殴っていいか?」




笑顔のままあたしの襟元を掴もうと手を伸ばしてきた。殺られる!!!




「ひいっ!ごめんなさい!!」



「空、落ち着けや。愛理ちゃんはこういう話と無縁な子なんやからしゃーないやろ」



「だとしても腹たつわー」




左手の平に笑顔のまま右の拳を強くスパンスパンと叩きつけ見せる空に「ぎゃあああっ」椅子の背もたれにへばりつき仰け反る。今にもその高速パンチが飛んできそうだ。




「あのなあ間違いなくお前を使う手はねえって他の奴らは思うだろうな。俺らと一緒にいるってのはそういう事だろ。バカが考えたって分かる事が何で分かんねえんだ」



「そそそ、そんな事言われましても」



「いいか俺が優達とは敵対してる高校なら確実にお前を使う。」




スパンスパンと撃ちつけていた片手がテーブルを滑る。まるでヘビのようだ。するすると這うようにしてこちらに近づいた空の手があたしの手首を捕え引き寄せた。




お腹がぐりっとテーブルの角に抉られる。痛い。




「優や隼人や翼みてえに時間がかかる相手はまず使わねえ。じゃあ下の奴等を使うか?それよりお前を使った方が楽で確実だ。何されるか想像してみろ。相手はきっと容赦ねえだろうな。お前の事ズタズタにするんだよ?そうして俺達の秘密を聞き出す。俺が敵ならまずそうするな」




これは空からの警告だ。この意味が分かってるのか。そう鋭い視線で言い聞かせられる。意味は重々理解できた。お腹に突き刺さるテーブルの角もプラスされてハッキリと。




「いっちょ前に隼人に同情する前にお姉さんの覚悟があんのかって俺は聞きてえわけだ。お姉さんが仮に他校の奴等に拉致られて、その時俺らの秘密を少しでもバラすようなら」




空がさらにあたしの手首を引き寄せる。そこで隼人くんと優が椅子から立ち上がり空を止めようと手を伸ばしたがそれより早く、あたしの耳元に空が唇を寄せた。




甘いものとは全く違う、冷酷でゾクリと背筋が震える声色だった。人でも殺せそうなほどに。




「俺がお前を殺してやる」




これはあたしの勝手な推測。――――だけど空は皆を…仲間を守りたいんだと思う。





やっと1人の女に心を開きかけてる隼人くんを裏切るようなら今すぐ出てけと。優や翼には今まで何があったのかなんて分からないけど傷つけるようなら許さないと。




きっと皆があたしの事を少しでも信用した時に裏切って傷つけるようなら関わらないでほしいんだと思う。





後は…もしあたしに何かあった時、優先するべきはお前じゃないとも聞こえた。どちらかと言えば空からしたらあたしはどうでも良さそうだ。もしかしたら「ほっておけばー?」そう言うくらいに。




だから自分に何かあった時、自分でなんとかできる覚悟が必要なんだと。




それくらい恐ろしい場所なのか。




身を引きながらもふと考える、頭は酷く冷静だった。




視線をテーブルへと落とす。オムライスは隼人くんのも優のも翼のも残ってはいなかったけど、空のだけはたくさん残ってた。あんまり手をつけられていない事に少しだけ悲しくなる。




「空はさ、何に怯えてんの」




視線を上げて聞いてみる。こんな事が言いたかったわけじゃないんだ。だけど何故かほんとにポロっと口からでた言葉。




言った自分もびっくりしたけど空も翼も優も隼人くんも驚いた顔をしている。




数秒間、空は可愛らしくきょとんとした表情を浮かべていた。あたしの言葉を理解しようとゆっくりと瞬きをし、理解した後、「……」無言の威圧。




ぎゃあっ!!やばいよ やばい。たぶんある意味図星だったんだ。地雷踏んだよあたし。




「俺のどこが怯えてるって?」




ぎちちちち!!!あたしの手首をこれでもかと言うほどに握り絞める空に「ひいいいいいっ!」悲鳴を上げて仰け反る。骨が粉砕される!!!痛いっす痛い痛い痛いって!




めっちゃ怒っていらっしゃる。目からビーム飛んできそう!




「間違った!言葉のあや!!!痛いいいいい!怖いいいいい!!」




ひぃぃなんて情けない声をだして後ろに後ずさる。さすがに慌てたらしい優と隼人くんがあたし達の間を裂くようにして手を伸ばした。優が空の手をあたしの手首から離させる。危うく粉砕されるところであった。ふー。




「空、やめとけ。今のは図星やろ」




ゆっくりあたしを隠すように優があたしの前に立ってくれる。優越しにそっと空を確認すると。




「くそ…」




小さく悪態づき、荒々しく再び椅子へと腰かけた。怒りをぶつけるようにして残りのオムライスにスプーンを突き刺す。ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。赤い血みたいだ。





「なあ愛理ちゃん。今の空の話、言い方はキツかったかもしれんけど本当のことやねん。俺は愛理ちゃんの事気に入ったからここに居たいだけ居てくれって頼んだけど…ほんまはここに居たら危ない事もあるかもしれん」




優はあたしに振り向いてくれない。その背中はすごく寂しそうだった。




「やからこの事は愛理ちゃん自身が決めてほしいねん。俺が居てくれとか隼人が居てほしいとか空が出て行けとかそんなん関係なくて。愛理ちゃんの気持ちが知りたい」




優の背中にそっと手をつき、下から覗き込むように表情を窺う。それに気づくと優はクシャリと微笑んだけど下手くそな笑顔だった。ハッキリ言って笑えてない。




どうしてそんなに哀しそうなんだろう。




台所の椅子に腰かける全員、何だか少し暗い表情。何か暗い闇を持っているみたいに。




空に掴まれた手首はまだ痛い。ジンジンと痛むそこをもう片方の手で擦りながらも、こんなあたしでも何かの役に立てるだろうかと考えた。




優はあたしの好きに、そう言ってるけどあたしに行ってほしくないって言ってるって思ってもいいのかな?自惚れてるみたいだろうか。でもだって声色も言葉も引き止めているようにしか聞こえなくて。





「あたしまだ、ここに居ても、いいかな」




よくよく考えずとも分かるおかしな状況。昨夜拾ってもらい知らな過ぎる事が沢山あるっていうのにここにまだ居座ろうとするなんて最低人間。




言って自分をぶん殴りたくなったけど、色々とここであった小さな出来事一つ一つ無視できないと思えたから。




俯きながら言ったあたしにゆっくりと優が振り返ってくれた。




伸ばされた手がポンポンと頭を撫でてくれる。




「ええに決まっとるやろ」




暗い表情が嘘のようだった。優しい笑顔で笑ってくれたけどその一瞬一瞬の間に何となく「(ああ、泣きそう)」そんな風に思ってしまった。自分が泣きそうと言うよりも優が泣きそうに見えた気がした。




「空…」




オムライスにスプーンを突き刺す事をいつの間にか止めていた空を呼ぶ。止めていたのかと思ったら、もう残されていたオムライスは空っぽだった。




視線はすぐに上げられた。




「あたし覚悟ある。だから大丈夫だよ。自分の事は何とかするし、そういう事にならないように頑張るし、もしそうなっても見捨てて平気。でも絶対言わないから」



「度胸あるねお姉さん」




ハッキリ言えば暴言だとは思う。ほんの少しさげずむ言い方も含まれていたけど、空は一応その言葉に少しは納得してくれたらしい。さっきよりも少しだけ表情が柔らかい。もう目からビームは出ないようなので安心だ。




「えーまじかよ。じゃあこれから優の家に来たら毎回こいついんのか。ありえねえわ!」



「何言ってんだよつーちん!愛愛ありがとな。残ってくれて俺すげえ嬉しいよ」



「そう言ってもらえて安心した」



「良かったな。拾ってもらって」




翼がフっと口元を緩めて嘲笑う。確かに拾ってもらったようなものだから何も言い返せないけど、さっきまでの冷たい空気とは打って変わってまた温かい空気に戻ってる。




良かった。あんな空気はさすがに辛い。心臓に悪かった。




ほっと胸を撫で下ろし。




「あ!」




ある事に気が付く。




「なんだようるせーな」



「あたし昨日家飛び出してきたから服何も持ってきてないんだ…」





色々ありすぎて忘れていたけど。下着すら持ってきてない。こりゃいかん。さすがに若きぴちぴち女子としてそこだけはしっかりせねば。





「あー確かにそうやな」




でも家に帰るのは正直気まずいのだ。家を飛び出す時、かなりでかい口を叩いて出て来た。それなのにひょっこり顔を出し服だけを取りに行ったらーーーーああ、またきっと喧嘩になるだろうな。





わーわーどうしようどうしよう。頭を抱えるあたしを見て。




「…お姉さんちょっとツラ貸せ」




怠そうに空が椅子から立ち上がりあたしの腕を掴み部屋から出て行こうとする。一瞬ビクリと肩を上げたあたしに「もう痛くしねえよ」空がこちらも見ずにそう言ってくる。




確かに全く痛くは無いがさっきの出来事があるとさすがに。




「いやーー!!!無理無理!!殺される!面貸せとか怖いわ!外に連れて行ってぶん殴るつもりでしょ!やややや、やんのかコラ!そっちがその気ならあたしもそれなりにその気を出して」



「うっせえ黙れ犯すぞ」



「ひいいいい!!助けて怖い!さすがにそれ怖い!!優さん助けて助けて!!」




慌てて近くにいた優に掴まれていない手を伸ばした。―――――――が、スカッ。優は何故かあたしの手をギリギリでかわして満面の笑顔を向け手をヒラヒラ振ってくる。




「行ってらっしゃーい」なんて言いながら。





その行ってらっしゃいが今は逝ってらっしゃいにしか聞こえないぞ。




「別に取って喰いやしねえよ。俺うるさい女は趣味じゃねえからな」




未だ暴れるあたしをずるずると容易く引きずって行く空は暴言をぽんとこちらに投げてくるがそれでも安心できない。取って食うと言うよりもぶん殴られる方が心配だ。




抵抗虚しく引きずられ、部屋から出されたあたしが「怖いよー怖いよー」ガタガタ震えていると空は。





「お前、服無いんでしょうが。とりあえずいる物だけ買いについてってやるから」




そう言ってさっさと廊下を歩いて行ってしまう。




な、何だ。そうなのか。拍子抜け。




ファイティングポーズを取りかけていた腕をゆるゆると下ろし、空って意外と優しいのかもしれないと慌ててその後を追いかけた。




エレベーターがギリギリ閉まる一歩手前で滑り込む。ねえねえ今下手したら挟まりそうだったんだけどわざと?エレベーターに入る直前、君が閉まるボタン連打してるの見ちゃったんだけど。前言撤回やっぱりこいつ優しくないわ。




はぁーっと息を落ち着かせると空があたしの方をじーっと横から見てくる。





「何さ…」



「いんやー別に?」




そう言ってあたしから目線を外す空はエレベーターのボタンに無意味に視線を止めていた。




たったそれだけなのに横顔がやけに艶っぽいというか妖艶と言うか、不思議だ。しかしなんで双子で顔がまったく一緒なのに翼とは見え方が違うのかね。




軽い音とともに一階に到着したエレベーターからまた空がスタスタと早足で出て行ってしまう。




ちょっとちょっと。着いてきてくれるなら歩幅くらいあわせてよ!あんた女の扱いに慣れてるはずでしょう!それとも何か、あたしは女じゃないからそんな扱いする必要もないと?ありえますね。




「なんでさっき、俺が怯えてるなんて言ったんだ」




前をスタスタ歩いていた足を止めあたしに振り返って聞いてくる空の顔はまた苦手な顔だった。




探るような冷えたような、その表情にぐっと言葉を一旦飲み込む。目からビームが飛んできたら困るとササ、緩く体勢を立て直し。




「別に。ただ何となくというか、勝手に出た言葉で」



「へえ?」



「そ、そうです」



「ふーん??」




暫く視線で探られる。数秒後、「早く来い」と視線だけで呼ばれた。




おずおずと止めた足を動かし空の隣に追いつくと、今度はゆっくりあたしに歩幅をあわせてくれる。





「俺、正直びっくりなんだよねー」



「何が?」




遅くも無く早くも無く、あたしに寄り添うように歩く空は着ていたカーディガンのポケットに一度手を突っ込み、手慣れたようにタバコのケースを取り出した。




おいおいあなた未成年でしょ。けれど咥えただけだったので指摘しようとした言葉を飲み込む。火をつけたら言ってやろう。





「優が言ってたろ。図星だったんだよ。俺、人の嘘見抜くのうまいけど自分の嘘は絶対見抜かれない自信あったんだけどね」



「…図星なの?」



「お前本当に考えて言ったわけじゃねえんだな」



「そうです」




空はあたしに心の中を読まれたと思ってるのかな。それは見当違いだ。あたしは心を読んでない。言った通り考えずに言葉が出た。別に嘘を見抜けたわけじゃない。





「お姉さん意外と大物かもね」




にやっといたずらっぽく笑った空はほら行くぞなんて言いながらあたしの手を掴んで引っ張っていく。





大物ね。それってほめ言葉なの?




「さっきの覚悟、忘れないようにな」




小さく呟いた声に返事はしなかったけど返事の変わりに不安そうに握り締めてきた手を強く握り返してあげた。




大丈夫だ。




それにもし願うなら、何か闇を持った皆の事、少しでも救ってあげられたらって思うから。



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