疑問
3
あー、今日もいい天気だねえ。快晴、晴天、青空。そのどの言葉も当てはまるほど眩しい太陽が頭上でギラギラと輝いていた。少々照りつける光が眩しい。
こういう日に屋上でだらだらすんのって最高だと俺は思うねー。
いやいやそれにしても…、と引っ張り出したタバコのケースを上下に緩く振り、一本飛び出たタバコを口に咥えて引き抜いた。セブンスターと書かれたパッケージに目を止めてから頭を捻る。
足を投げ出し屋上のフェンスへと背中を預けて座り込んでいる俺の隣では体育座りをして無意味にゆーらゆーら揺れながらヘラヘラ笑っている弟の姿が視界の隅に映った。
眩しい金色に太陽の光が反射したように見えて一度固く瞳を閉じる。いやー本当まっぶしい。
固く閉じた瞳をもう一度開き、胸ポケットからライターを取り出している間もまだヘラヘラと弟は笑っていた。何を見てヘラヘラ笑っているのかと言えば勿論我らがリーダーである優を見てヘラヘラ笑っているわけで。
「優ちゃん。昨日のあれはどーいう風の吹き回し?俺はとってもとってもとーっても気になるんですけどもー」
弟の気持ちを代弁するように紫煙を吐き出し聞いてやる。弟は「ナイス!」俺の肩に頭を乗せてまたヘランヘランだらしなく笑いだした。
面白がっているようにも見えるが実際、心の中は不信感不安感でいっぱいなんだろう、それを隠すために不気味に笑っているのはこいつの兄貴だから良く分かる。
――――と言うよりも俺も同じ気持ちだからだ。
「何のことやねん」
とぼけた声を出す優はフェンスに手をかけ小首を傾げてる。ガシャン、フェンスの悲鳴が聞こえてきた。
「とぼけてんじゃねえよ。あの女、まあ連れてきたのは実際俺らが原因だけど、どうするつもりなんだよ!」
その嘘を見逃しきれなかった短気な弟が俺の肩に押し当てていた頭を持ち上げ噛み付いた。
今にも本当に優の喉元に噛み付きそうな勢いだな。ただそれは俺も気になっていた事で、俺に代わって聞いてくれてありがとね、と心の中で弟に礼を言っておく。
「どーするもこーするも。昨日言うた通りやけど。愛理ちゃんが居たいだけ居ればええって言ったやろ」
「はぁ!??あたし一生あなたといたいわ!なんて言ってきたらどうするつもりだよ」
「あの子はそういう子ちゃうから」
「はいいいいい???昨日会っただけなのに分かるんですかあ?俺にはさっぱり分かんねえな!突然突拍子もねえ行動取るかもしれねえし、呆気なく裏切るか…」
「翼」
怒りに任せ言ってはならぬ言葉を言いかけた翼を紫煙を吐きながら嗜める。弟はハっとしたように俺に視線を滑らせ、すぐに固く口を閉ざした。もうこれ以上は言わない方が身の為だ。
翼がキレるのも無理はねえけどな。優の事を心配してんだから。
押し黙った弟の代わりにと、俺は口に咥えていたタバコを指先で引き抜き「まあ」口火を切る。
「お前の考えてる事はなーんとなく分かるけどな。でもそれは危ねえ橋じゃねえのか?何かに期待する事はやめた方がいいと思うぞ。」
「やけど連れてきたのはお前らやろ」
「それは痛いところを突かれたもんだねえ」
「どういう魂胆で連れてきたのかって考えたら、やっぱりそういう事にしか俺は思えなかったから」
「そういうつもりで連れてきたんじゃねえよー?俺も最初はびっくりしたんだ、色々考えたけどハッキリ言ってあれはたまたま、超偶然」
「どうだか」
「俺達が他校の奴をぶん殴ってる現場を見られたからさてどうしようかって連れてきた、ただそれだけ、何の意味もねえ。俺達の事は黙ってるっつったんだから帰せばよかったんじゃねえか?」
じりり、タバコの火をコンクリートの地面に押し付けた。
ふー、息を吐いてついつい高ぶりそうになった感情を一旦落ち着かせる。こんな事で声を荒げるのはらしくねえ。落ち着け。
「じゃあ聞くが、何のためにあの女を置いておこうだなんて思ったんだ?」
「なんでやろな。なんか…帰したくなかってん」
「ぶっ」
これには耐え切れなかったのか翼が丁度口につけていたお茶を吹き出した。おいおいきたねえな。
それを見て優も眉間にシワを寄せてる。
帰したくなかったねー。優は女には全然興味なかったはずなんだけどなー。そう女にはもう興味を持たないようにしようとしてたはずなのになあ。
「分かってんのか?優に女が居るなんて噂がたったら…」
口を挟んだのは翼だった。口元を拭いながらも驚愕の表情で問いかける。過去の傷がじくじくと疼く。せっかく塞がった傷が抉られ開かれる思いだ。
「その時は真っ先にあの女が狙われちゃうと思うけどね」
だって女は扱いやすい。叩けば泣くし、殴ればすぐに口を割るだろう。卑怯な生き物。
優…大事な者は少ない方がいいんじゃねえのか?抱えきれねえほどあったら自分が潰れるだけだ。救えなくなるだけだ。抱えられる程度に抑えておけよ。自分が傷つくのはもう嫌だろうが。
「分かってる。やからちゃんと俺らの事も話す。それでも一緒に居たいって言ってくれたら俺は全力であの子を守りたい」
真剣な表情でフェンスを握り締める優はどこを見てそう言っているのかは分からなかった。
ただただ屋上から先を見つめそう言ってる。揺れる春の風にオレンジ色の髪が遊ばれるように揺れていた。
優があの女にこれだけ拘ってる理由は分かってる。
きっと翼だって気づいてんだろ。だから真剣な優の顔を見て何も言えないでいるんだもんな…。分かるけど、分かるからこそ俺は同意できねえ部分がある。
「優、今家に居るあの女はあいつじゃねえんだぞ?それにまた傷つくのはお前だ。どうする?また同じ事されたら。また同じ繰り返しだったらお前は本当に」
酷な事を言ってるのは分かってる。俺だってこんな事はできることなら言いたくねえさ。でもねえ、それを忘れてんなら忠告してやんねえと。夢を描いているならそれをぶっ壊してやらねえと。
俺の言葉に、遠くを見つめていた優は表情柔らかにこちらに顔を向けて苦笑した。
「…空、いつの話しとんねん」
「分かってるくせに繰り返すのか」
「俺はもう繰り返さない」
「それはお前次第じゃねえ、相手次第だ」
「あの子はきっと…」
「夢物語だなそんなの」
「俺はそれでも信じたい」
「……」
信じたい、そう言っているくせにその不安そうな表情は何だ。
言葉を返してやろうと閉じた口を開いた俺を翼が横から遮った。片手を俺の方に伸ばし、俺より早く言葉を投げる。
「俺はやっぱ反対だ!あいつはどこの誰かも分かんねえ。それにこんな偶然、拾ったのは俺だけどあの時と何ら変わんねえ状況が不吉だろうが。昨日だけ泊めるっつうならまだしも…」
翼はきっとあの時の優が見たくねえだけなんだよな。俺も同じ気持ちだ。きっと誰もがそうだろう。この話を後輩にしても、仲良くやってる他校のリーダーにしても、きっと全員が反対するんじゃねえだろうか。
「あそこは俺の家やし。俺が決めた事やから。お前らには絶対もう迷惑はかけへんって誓う」
「そういう事じゃないでしょうー」
「バカじゃねえのかお前」
「この話はまた家帰ってからしようや。ここで盛り上がっておいて帰ったら本人サヨナラしておらんかったら笑えるし」
はい、終わり終わり。優が話を折るように両手を打ち鳴らす。パチン、乾いた音がした。
なるほど、あの話はするなって事ね。
優がそう決めたんなら俺らはこれ以上しつこくは口を出せねえ。けどなーーーーーもし次またお前が苦しむ事があるなら俺らだって考えがある。
あの時だって仕留めようと思えばあの女をーーーー。
「あっ!」
俺の表情を窺っていた翼がわざとらしい声を出した。それほど俺の表情は酷く荒んだものだったのか。
困った困ったと髪をクシャクシャと乱しながらいつもの表情を取り繕う。
「なんやねん…」
大声をだした翼を鬱陶しそうに見つめる優。
「俺、隼人に連絡入れてねえわ!!朝もひっでえ寝起きだったからそのまま置いてきちまったし。下手して優の家に隼人が行ってたらあの女と鉢合わせだぞ」
「あらー…それはまっずいねえ」
「悠長な事言ってる場合ちゃうやろ」
3人静かに顔を見合わせ、俺と翼は重い腰を持ち上げる。その時には既に優が屋上のドアへと足を向けているところだった。
隼人かあ、二人が鉢合わせをしたところを想像したら女が無残な姿になるところしか俺には想像出来なかった。
それも良いかもしれないと心の中でふと思う。そうなれば二度とあの場に居座ろうとも思えねえだろうし。
ただ隼人が取り乱すのは厄介だ。古傷を開くのは勘弁してほしい。
屋上のドアを潜り、走り出した優の後を翼が追って駆けて行く。俺はその二人の背中を見つめながらもダラダラと足を動かしてドアを潜った。
あの時のような思いをするのは二度とごめんだ。俺もそうだし翼もそうだし、きっと隼人も、あいつも、勿論優もそう思ってる。
あれは俺らに深い傷を負わせた。一時期誰も笑えなくなるほどの大きく深い傷だった。
けどやっぱり一番辛いのは優だろう。
なのにまた縋りついて、開きかけてる傷口を塞ごうと必死になってる。毒を以て毒を制す、そんな感じなのかねえ。
なんのための仲間だよ。俺に一言、あの女を自分の前から消して欲しいとか、もう二度とあれ関係に繋がる女は見たくない、そう言えば俺は裏からこそこそといくらでも動いてやれるのに。
見えなくなった優に語りかけるように心の中で思ってやったけど、当たり前に言葉は何一つ返ってこなかった。仮に気づいていたとしても、返さないんだろう。
俺も2人の後をゆったりと追いかけた。
隼人はとりあえず取り乱していなければいいなと思う反面、女はどうなっていたって構わないと思いながらも。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます