第2話
「よい。女子のそなたには仕方のないことだ」
満月がくれる月明かりに、目を細める。
「そうだな。久しぶりに…思い出話もいいかもしれぬな。…忠堅の弔いに」
『弔い』と言った私に、亀寿はその意味を悟り目を揺らす。
そんな亀寿が座る位置が、少し遠いなと感じて私は自分の隣の床を軽く叩く。
彼女は俯きがちに打掛を翻して隣に座った。
「川上忠堅殿…。どのような御方だったのですか?」
盃を差し出してくれて、静かに受け取る。
「…人は忠堅を愚かだと嘲笑ったが、私は尊敬していた。…一人の男として」
そっと酒を注いでくれて、笑い返す。
「今から5年前…天正12年の
その頃の九州では『九州の三強』と呼ばれる島津、大友、そして龍造寺の三家が台頭していた。
肥前の有明海沿岸の沖田畷。
そこで起こった島津と龍造寺の戦。
「はい」
「…その時の話だ」
ぐいっと酒を煽って、盃を差し出そうとしたがどうにもそんな気分にはなれず膝の上に下ろした。
「忠堅の奥方は…幼馴染であったらしく恋女房でな」
話が飛び飛びになっていて、亀寿が難しそうな顔をしていて笑う。
「見ているこちらが恥ずかしくなるほどに、本当に仲睦まじい夫婦だった。子が生まれても変わらず、いや生まれてから余計だな。…大層難産だったそうでな。奥方の命が危ないならもう子はいらぬと忠堅は言うほどだった」
『若。我が倅の
『…
『某と妻の、大切なたった一人の倅にございます』
「子が8歳になるとき…島津は肥後の八代にいた家久叔父上を総大将に、龍造寺に攻められている島原の有馬殿の援軍として出陣した」
「それが沖田畷の戦い…でございますね?」
「あぁ。島津と有馬の連合軍は3000ずつで6000。対して龍造寺は25000。豊後の大友にも隙をつかれては困るから、我ら島津も大軍を派兵することはできなかった」
そっと酒瓶を置いた亀寿が、膝の上できゅっと手を握る。
「…勝てるわけがない。誰もがそう思った」
…そんな戦だった。
「島津は水俣から海路で肥前の島原に入った。忠堅の奥方は肥前の水俣まで密かに見送りに来ていたらしくてな。忠堅は気づいたようだったが、急な
…それが今生の別れになるとは知らずに」
恋路島。
これが、恋と言うならば。
「数が違いすぎる戦だと分かっていたから…奥方は船が見えなくなっても離れられず、出陣式をした小島に渡って石を積み…忠堅の無事を祈り続けたという」
なんと、残酷なことだろうか。
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