第58話

「…それならば…私も貴方様との修羅の道…何も怖くはありませぬ…」






















その言葉に目を見開く。





私とともに…武家の当主という修羅の道を歩んでくれるというのか。







貴女は。








そう思うが涙に揺れたその瞳を見て、ふ…と笑う。







嫌だと思って。









私の愛しい春の姫が…穢れてしまうのは。













「…そなたはそのままでいい」













そう呟くと、ゆっくりと顔を上げた亀寿に静かに言った。













「…そのまま……ただ傍にいてほしい。

 





————————堕ちるのは私だけでいい」















修羅に堕ちるのは、私だけで良い。







この乱世。






私はきっと、武家の当主として数多の人の血を流させることになるのだろう。







それが例え、島津を守るためだとしても。








清らかで優しい貴女を…私の犯す罪業ざいごうで穢したくない。









———————穢れるのは私だけで充分。






 






そう思って、腕の中の亀寿を見つめる。







するとまるで縋るかのような視線と絡み合って、再び得体の知れない初めての衝動に駆られる。











———————この手で、その清らかさを蹴散らしてしまいたいと。








ただ私以外には決して穢させたくない。








その純真に手を出せるのは夫である私だけだと思うと、穢れた独占欲と優越感に支配され。








初めてのその衝動を抑えきれず、無意識の内に小さく色づくその唇を奪っていた。








今まで感じたことのないその柔らかさに、気が狂いそうになる。




 




ただどうにか堪えて触れるだけで静かに離れると、潤んだ瞳に見つめられ、更に深く求めたい衝動に負けて瞳を伏せる。






 

 


もう…この姫は私だけのもの。








絶対に誰にも渡さない。









亀寿の後頭部に手を添えたままそっとその額を自分のものと合わせた。











「…漸く手に入れた私の姫…。



  …………もう離さぬ…」









 


…その全てを、どうか私にくれないだろうか。








それだけでいいから。








この身に在る天命と宿命を全うする、心の拠り所とさせてほしい。








…待ち焦がれてやまなかった、春のように愛らしい貴女のその全てを。








そう願い縋るようにもう一度軽く唇を重ねる。






するとただ私に身を任せるように受け入れてくれたから、なけなしの理性なんて一瞬で吹き飛びその身体を抱き上げた。










「…ひ、久保様…お待ち下さい…!」










「…もう充分待った。私がどれだけ待ち侘びたと思う」










私に春を教えてくれた姫を。









そんな貴女を妻にする日を。








早口でそう言いそのまま後ろの部屋に入ると、御簾を荒々しく撥ね退ける。








そして褥の上にそっと下ろした。

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