第51話

「申し訳ありません…」




 







ふと落とされた震える声に、ただ驚く。








…何を謝っている…?








わからない、思うと不安そうな表情の姫と目が合う。








漸く視線が結ばったと思ったが、すぐに逸らした姫は小さく呟いた。











「これで本当に…貴方様にすべてを背負わせてしまいます…」





 





…何を言うかと思えば。







その言葉に、やはりどこまでも優しい姫だと思う。









そんな貴女に…私は———————。













「…本当に申し訳なく…。なので…どうか一つだけ、お聞き届けくださいませ」





 







言いかけた言葉を遮るかのようなそれに、途端に理解が追いつかなくなる。









今、私に聞き届けてほしいこと?







…何だ?





 



姫が何を考えているのかが分からなくて、少し険しい顔になってしまう。








すると姫はそんな私の視線から逃れるようにそっと床に両手をついて頭を下げた。














 






「…もし…御心に決めた御方がいらっしゃるのであれば、私のことは気にせず側室にお上げください。そうでなくても、これからお出来になったとしたならば尚の事です。…貴方様は島津宗家の当主。…誰に咎立てられることもありませぬ故」









 








微塵も想像していなかった言葉に、頭が追いつかない。








姫以外に、心に決めた女…?







誰だ、それ。







それに今は居らずとも、好きな女が出来たら側室にあげろだなんて…そもそも私が姫など眼中にないような言い方だが…。







何がこの姫にそんなことを言わせている?






私はいつ、勘違い…させた?
















………こんなにも、貴女だけを想っていたのに。
















そう必死に考えた瞬間、ふとひとつの記憶に思い当たる。







思い当たって、これしかないと確信する。







確信して…心底嫌気が差した。







…あの日の己の愚かさに。

  












「—————お断り致します」

  










思考が繋がった瞬間に拒絶するように言い切った私に、姫がはっとして顔を上げる。








明らかに私がそんな答えを口にするとは思っていなかったとでもいうような表情。









「…やはり…何か勘違いをさせてしまったようですね。あの時私がはっきり言わなかったから」




 







あの時とは、きっと京で姫の父上から婚儀の話をされた時のこと。







心に決めた人がいるのか、という姫の問いを私がはぐらかしてしまったから。











「…申し訳ありません。私はずっと…貴女にそんな思いをさせてしまっていたのでしょうか」







 



私の言葉が思わぬものだったのか、姫は目を見開く。







そんな姫を、ただ見つめる。


 





揺れている瞳に、今すぐに伝えなければならないと思う。







いや…伝えたい。







この心を埋め尽くす…初めての感情の全てを。









ただそう思うと…情けないことに緊張感が押し寄せる。






こういうのは…どう…伝えればいいのだろうか。







動揺を隠すように不意に視線を外して、考える。





その時、目の端に咲き誇る桜が映った。













「…京でのあの時…貴女は婚儀の相手が私で……嬉しいと言ってくれましたよね」


 







それを見ていると、不思議と心が落ち着いて。







気づいたらそんな言葉が落ちていた。







…どういうわけか。













「…はい」




 



 



あの日を思い出しているのか、姫は少しぼんやりと頷く。







覚えていてくれたことが…嬉しくて。







無意識に、微笑んでいた。

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