最終章〜春望〜
第50話
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それは、春の景色のこと。
自分を落ち着かせるように、目の前の桜舞い散る美しき景色を見つめる。
だが鎮まらぬ鼓動に、深く息を吐いた。
…こっちの方が何倍も緊張する。
情けないことに。
「…若様」
白い着物に身を包み縁側に立って桜を眺めていると、背後から家臣に声をかけられて振り向く。
「…
その言葉と共に足を踏み出して、歩きながらもう一度だけ考える。
この感情の、名を。
……夫婦の契を交わすその前に。
己で導き出した…その答えを。
歩きながら、隠しきれない緊張感に苛まれている己を照らす満月を見上げる。
…無様だな、と心の中で自分を嘲って。
すると月明かりの中に人影が見えて、目を凝らす。
「…ここでよい。ありがとう」
まさかと思ったが考えられる人は一人しかいない為、静かに家臣を下がらせる。
真っ白な着物に身を包んでいる姫は、二人きりになったこの空間に緊張しているかのように目を伏せる。
かと思うと慌てて正座をして、私に平伏した。
「…お待たせしてしまいましたか?」
部屋の中でなく、縁側で桜を見ていたなんて。
…待たせてしまったのだろうか。
そう思って目線を合わせるようにその前に片膝をついてそっと声をかけると、少し揺れている言葉が落ちた。
「いえ…」
「…よかった」
そう言って小さく笑って見せるが、顔を伏せたままの姫は明らかに緊張していると思う。
きっと…男の私よりも、何倍も。
そう思って少しそのまま間を置く。
だがそれでも伏せられたままのその顔に、仕方ないと思う。
いや…緊張というか。
おそらく、これは。
「…そんなに怖がらないでください。…何もしません」
怯えられている、と思って出来るだけ優しく言ってみる。
…するためにここに来ているんだが。
…なんて、口が裂けても言えない。
きっと男なんて知らない筈の、純真無垢な姫君に。
一瞬目があったけどすぐにまた伏せてしまって、無理強いはしたくないと思う。
決して汚すわけにはいかないと思う。
何故なら貴女は。
私にとって…高嶺の花だから。
「宗家の姫君に…そんなことできるわけがないではないですか…」
高貴な姫なのだと、己に言い聞かせるように吐き捨てる。
汚らわしい男の欲望に汚すわけにはいかないと、己を牽制する。
何より…意味がないんだ。
貴女が心を開いてくれなければ。
これから交わす夫婦としての契には。
————————何の意味も。
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