第48話

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「…二人とも、面を上げよ」











義父上の静かな声に、そっと顔を上げる。










「…何と似合いの二人であろう。久保。亀寿」












数多の家臣の前で呼ばれたその名に、そっと目を伏せる。









己が何者であるかということを、改めて確かめるように。














「…これからは二人で手を携え、島津を盛り立てていってほしい。この義久…



————島津当主としての最後の願いである」




 












ここまで導いてくれた偉大なる先代のその願いを、何があっても聞き届けたいと強く思う。









後継者として。






………義息子として。












決意を固めるように小さく頭を下げると、ふと視線を感じてそっと横を向く。






するとただそっと寄り添うように私を見つめる顔があった。









そう、だな。






…気負うことはない。







これから…姫が傍にいてくれるのだろうから。








そう思うと同時に、まるで頷くかのように姫が私に向かって小さく頭を下げるから、通じ合ったかのようで嬉しくて。





姫に向けて小さく微笑んだ。













「島津宗家にとって、この今日の良き日を迎えられたのも、ひとえに皆がいてくれてこそだ。…心から感謝する。




…そして…」











小さく呟いた義父上は柔らかく家臣の皆を見渡すと、深く笑った。




















「……今日この日をもって島津宗家の家督を






————我が義息子むすこ…久保に譲ることとする」





















義父上の言葉と共に、一流ひとながれの軍旗が掲げられる。








それは。







———————『時雨軍旗しぐれぐんき』。









これは我らが吉兆の証とする島津雨を描かせたもので、15代当主であり祖父である島津貴久があつらえた島津宗家の家宝。







代々、歴代の当主に受け継がれている。







祖父の貴久が成し得なかった薩摩・大隅・日向の三州制覇を目指し戦っていた時も陣頭に翻っていたもの。






そしてその三州制覇を成し遂げた義父ちち・義久がさらなる夢であった九州制覇を目指し戦っていた時も、陣頭に靡いていたもの。








それは私がさっき自らのこの手で断ち切ったものたちの陣頭に靡いていた。







…皮肉にも。











今日をもってこの時雨軍旗を引き継ぐ私の目指すものは。








戦無き世で末永く続く…家臣の、民の…









———————そして島津の安寧。









それだけ。








この軍旗が戦場の陣頭で翻ることがないように、ただ強く願う。










———————翻させないと強く、誓う。











そんな新しい島津の世を創り、守っていくと。
















「…皆、面を上げよ」
















静かに言った私の言葉に従い、隣の姫が私に向き直る。







………当主を引き継いだばかりの私の言葉を聞くようにと、私の正室となる姫がまるで家臣の皆を先導するかのように。








どこまでも優しい姫に、ありがとう…と心で呟く。







そんな貴女と、二人で守っていけたらと思う。






この島津を。







…いや。






守っていきたいと強く思う。








私らしく。







そう思って、顔を上げてくれた皆にそっと笑顔を向けた。

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