第44話

「…死力を尽くして参る所存にございます」










私の為せることはただそれだけだと思い、叔父上と同じように私の懐剣を鞘から抜く。









そして縦に置いてある義父上の…



先代・島津義久の懐剣を横に断ち切る様に、重ねた。








私のこの手で。









それはまるで…






  


—————————十字を切るように。



















 

「……これでよい」
















少し寂しそうに呟いた義父上は、十字に置かれた刀身を見つめる。








別名"守り刀"と呼ばれる懐剣で示された…島津の家紋を。








守り刀によって新しき世を守るために断ち切られた…戦に明け暮れた今までの島津の軌跡を。
















「今この我らの家紋を前に、親子の盃を交わそうぞ。





——————————我が倅よ」













そう呟いて義父上は私の盃に酒を注ぎ、さっき飲まずに置いていた自分の盃を手に取る。







そして目配せをして、私と義父上は盃を交わした。








交わした契りと共に、己の手で断ち切ったこれまでの島津の全てを引き継がなかればと強く誓う。







私が…新しい島津の時代を導かねばと。







 

















「………お前の名はな、久保」











ふと落とされたそんな言葉に、空になった盃を置くと。







義父上はぼんやりと十字の懐剣を見つめている。










「いつかはお前がわしの後を継いでくれると思っていた故…お前の元服の折にこのわしが与えたのだが」











4年前…13歳で元服した時に、『久保』という元服名げんぷくなを貰った。










「…存じております」





 



……ただ。






小さく、苦笑いする。



 





「…そんなに早くからそう思っておいでだったとは、初耳でございますが」









そう少し笑って見せると、義父上も苦笑する。









「いかん。つい言うてしもうたわ。墓場まで持っていくつもりが」






  

「…義父上」









わざとまるで諌めるかのような口調で戯けて言うと、義父上は屈託なく笑った。

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