第43話

「…お前に家督を譲ると言ったあの日…我ら島津の十文字の話はしたな。…覚えておるか」







 


そう言った叔父上の盃に、今度は私が注ぐ。










「…はい」








静かなこの夕方の空間に、私が屠蘇器を置いた音が響く。






それが、あの日叔父上が懐剣を置いた音に似ていて思い出す。









島津の十文字。







それは、二匹の龍が天に昇っていく様を表している。







その二匹の龍は、言うなれば当主と…家臣。












「…忘れるはずがありませぬ」






 



あの強い言葉は、今も私の耳に、そして心に焼き付いている。










当主となる我ら宗家の者と、家臣達との揺るがぬ結束力。  


 





それが島津の誇るべき強さ。






島津は、当主と家臣…互いが無ければ在れぬもの。






—————————この二匹の龍のように。




















「その信念の元…私は私なりに島津を率いて参りたいと思っております」













その十文字を、背負っていきたいと思う。







この命尽きる…その日のその瞬間まで。
















「…そう言うてくれるお前にひとつ、頼みがある」










叔父上は、私の注いだ盃に口をつけずに屠蘇台に置く。








そして懐剣を腰から引き抜き私の目の前に置くと、徐ろに口を開いた。





















「…今ここで、新しい当主となるお前自らの手で断ち切れ。



戦に明け暮れ、そして負けてついえた




………島津の九州制覇のその夢を」   






















その言葉に、真っ直ぐに義父上を見据える。






義父上はそれに応えるように私の目を見返して、強い言葉が響いた。






  















「これから島津が夢見るのは、戦い抜いて勝ち取る九州制覇ではない。






——————戦無き世で末永く続く、家臣の…そして民の安寧のみ」















  

義父上の手で鞘から抜いて置き直されたそれに、全てを理解して、強く頷く。









「——————————はい」









そんな私を見て、義父上は続けた。










「…どうかそのような島津を創っていってほしい。






—————その全てを、わしの後を継ぐお前に託したい」











そんな言葉を聞きながら、私も腰から懐剣を引き抜いた。

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