第45話

一頻り笑うと、義父上は静かに呟いた。









「いつかわしの後を継いでくれるであろうお前の名に…わしは願いをかけたのだ」 






 


その言葉に、義父上を見つめる。







「…願い…?」







「そうじゃ」










そう言った義父上は、静かに呟く。










「お前の"久"という字にはな…」










そして手にした扇子で宙にその字を書いて、深く笑った。





















「———————"永遠"という意味がある」














 









今まで別に考えもしなかった己の名の意味に、目を見開く。









「そして"保"は…」









穏やかな表情でもう一つ宙に書いた義父上は、そっと微笑んで私を見つめた。























「———————"守る"という意味じゃ」


























考えて、その大きさに言葉を失い…苦笑する。








久保。






…久しく保つ。



 




そして。

















「………永遠に…守…る………」



















譫言のように呟いた私に、義父上は力強く頷く。











「そうじゃ。…島津を、な」












そしてただ穏やかに笑った。











「繰り返す戦の先にある安寧の時代を創ることは、わし一代では決して為し得ぬと思うていた。


それ故、幼い頃よりその器量があると思っていたお前の元服名げんぷくなに、わしはそう願いをかけた。


そしていつかお前に家督を譲るその日に…この話をしようと決めていたのだ」





 








だから、今日。







義父上は話してくれたのだと。










それに、今日のこの日がどれだけ大切で節目となる日なのかということを思い知らされ、ふ…と笑った。













「……今すぐ改名してもよろしゅうございますか。…明らかに名前負けしておりますので」









「…ならぬわ。このたわけ」










自分の名の由来など少し気恥ずかしくて戯けてそう言うと、義父上に軽く扇子で腕を叩かれ、笑い返す。







いつの間にか笑って受け入れられるようになったな、と我ながら素直に思って。


















「…お前の中には龍が眠っていると、わしは前に申したことがあったが覚えておるか」








ふと聞かれ、静かに頷く。








「…はい。確かに言われましたが…」









家督を譲ると言われた日、確かに言われた。






それは覚えている。






…よく、理解できなかったから。
















「…よいか、久保」











するとそんな私を見た義父上は、十字を切った懐剣をもう一度見つめた。

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