第38話
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私の反抗的な態度のせいかはわからないが、父上は叔父上にきちんと言ってくれて。
予想外にも叔父上は快諾してくれたらしい。
では…待つ、と。
島津の新しき門出となる此度の婚儀は…
麗しき春にしよう、と。
そう笑っただけだったそうだ。
それから慌ただしく出立の支度が進んだ。
叔父上と姫は北政所に挨拶に行ったりしていて、その間に私と父上が聚楽第に登城を求められたりとなかなか顔を合わせることなく、二人は島津の屋敷を出立してまった。
…暫く会えなくなるから最後に顔くらい見ておきたかった。
なんて思ったそんな自分に、自分で驚いたが。
そんな自分のありのままを受け入れることにしたんだったなと思って、早朝に一人馬の腹を蹴った。
見送りに行こうと。
———————堺に向けて。
港町の堺はいつ来ても本当に栄えていて、人がごった返している。
町中は下馬が掟となっているため馬を乗り捨てて、ただ自分の足で走る。
…この人混みの多さでは見つからないかもしれない。
そう思うと苛立ちが募るが、そればかりはどうしようもない。
貿易の拠点となっているこの堺で、見つけられると思ったほうが甘かったか。
するとその時。
「…ちょいと、そこのお兄さん」
誰かに声をかけられて、余裕なく振り向く。
「…あら、いい男」
何も考えずに振り返ったが為にそこにいたのが明らかに遊女らしい出で立ちの女で、急いでるのに面倒だなと思ってしまう。
「ちょいと遊んで行かない?安くしとくからさ」
「…すまない。急いでいる故他を当たってくれ」
「…誰か探してるのかい?」
そう問われ、人混みに目を向けたままそう答えたからその女も私の視線の先を見つめてそう尋ねてくる。
誰、と言われて一瞬戸惑う。
…今の私と姫の関係とは何なのだろうか。
従兄弟、だろうか。
いや、ただの宗家の姫君と家臣という主従関係か…?
私たちの関係…は。
考えて、気付けば譫言のように呟いていた。
「……………
そう呟いた時に、遊女があら、と笑う。
「許嫁のお
「九州の日向…」
その遊女になど目もくれず海の方を見つめてさらに譫言のように言うと、その遊女がそっと指を差した。
「最近は日向行きのは一番南側の船だよ。出るまでにはもう少し時がある。まだ間に合うさ、御武家様」
思わぬ言葉に、目を見開く。
「…詳しいのか」
すると遊女は楽しそうに微笑んだ。
「ここで商売やってるとね。多いんだ。お兄さんみたいに国元に帰る許嫁を追ってくる男。あたしの仕事は船案内になりそうだよ」
その言葉に、思わず少し笑う。
ひっかけようとしてる男に親切に船を教えたりしたら、仕事にならないだろうに。
そう思うと、私の考えを見抜いたかのように笑った。
「いいんだ。他をあたるよ。お兄さんがあんまり必死そうだからさ。そもそも許嫁のお
———————惚れてる。
その言葉に、苦笑いする。
見送りだなんて言っておきながら、ただ会いたかっただけでこんなところまで追いかけてきて。
本当に…その通りだと思って。
「さぁ、早くお行きなさいな。許嫁のお姫様を見送ったら是非とも帰りに寄っておくれ。安くしとくからさ」
本気じゃないそれに、笑って懐から適当に金を掴んでその手に握らせる。
「…礼を言う。忝ない」
それだけ言って、勢いよく走り出した。
…まさかこんな所でこの感情に名前を付けられるとは思ってもみなかった、と思いながら。
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