第34話

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「も、申し訳ありませぬ…!」










そんな言葉に、己の手から滑り落ちて地面に転がる木刀を見つめる。






手首に感じる痛みでぼんやりしていたことに漸く気がついて。






一瞬の間の後に忠継が血の気の引いた顔で謝ってくるから、良い、とだけ呟いて自分で木刀を拾った。









「すまぬ。気にするなよ、忠継」









それだけ言うと、縁側にどさりと座る。






剣術に付き合わせていた忠継が、今日はいとも簡単に私を打ち負かしたから戸惑っているのが明らかで小さく笑う。







5つ歳上の忠継には、剣術は私相手だからと絶対に手抜きするなといつも言っている。





そもそもあまり負けることはないのだが、今日は呆気なく打ち負けた。








……どうしてか身が入らなくて。











「……申し訳ありませぬ。…ですが…如何されましたか。どこか具合でも悪いのですか」








「いや…別に」








そう言って、気怠く座り込んで晴れ渡る空を見上げる。










「……御宗家の剣術を会得されている若が私相手などでその刀を落とされるなど…断じてありえませぬ。おかしゅうございます」










空を見上げたまま聞こえる忠継の声に、確かに、おかしいと認める。








おかしい。






最近、確かに。








「…やはりいろいろとお考えに…」








正式に惣領となり、家督を継がねばならなくなったことを心配してくれている忠継の言葉を聞きながら、静かに息を吐く。









「……そうだな。おかしいな」




 




 

そして胡座に頬杖をついて空を見上げた。


     

 






おかしい。








………絶対に。













「……綺麗、だな」















素直に綺麗だと思う。







真夏の深い青色の空が。






真っ白な…雲が。









この目に映る…景色が。







私の視線の先を追った忠継が不思議そうに呟く。








「……空、でございますか?」








「あぁ。…こんなに綺麗だったかな」









そんなことを抜かす私を、忠継は不思議そうに見つめてくる。









風景を綺麗だと思ったのなんて、いつぶりかもわからない。







するとふと人の足音が聞こえてそちらを向いた。






 



「…失礼致します」







「何事じゃ」







平伏している家臣に、忠継が私の代わりに用向きを聞いてくれる。






その間も私はぼんやりと空を見上げていた。









「は。若様を御屋形様がお呼びでございます」










その言葉に、意識を戻して立ち上がる。








「…戻られたか」








そう呟いて、忠継に木刀を投げやる。









父上。






戻られたらいろいろ言ってやろうと思っていた。








何から言ってやろうかと考えながら、この場を後にした。

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