第31話

「…それならよかった。それを一番に…按じていました」









そんな当たり障りない言葉で、笑って誤魔化す。







……………得も言われぬ、この感情を。










「あ…」


 







ふと小さな声が聞えて、その笑みを引ききらぬまま姫を見る。





 


すると姫は静かに呟いた。











「…家督の件…御承諾頂いたと父から聞きました」









それに、あぁ、と小さく笑う。







一人になる前に、確かにそう叔父上に答えた。








その天命を…真っ当する覚悟を決めるために。



  

    













「…はい。確かに…私でよければお引き受けすると、お答えしました」

















その宿命を、受け入れる覚悟を決めるために。















すると姫は勢い良く打掛を翻して私の足元に座り、手をついて頭を下げる。








それに心底驚いた。






  




「申し訳ありません…!私などと一緒になれば…島津宗家の重荷が…全て貴方様に行ってしまいます…」









その言葉に、いくら女子とはいえ、九州最強と呼ばれる戦国大名島津義久の娘として背負ってきた大きなものが確かにこの姫にもあるのだと思うと。


  





居た堪れなくなる。








………守って、差し上げたくなる。














「やめてください。…貴女が謝ることではない」









片膝をついて、視線を合わせる。













貴女が謝ることではないのに、何の躊躇いもなく父親の家臣に過ぎない男に申し訳ないと頭を下げるなんて。








ただ家督を継ぐ私を按じてくれるなんて。








この姫は…本当に。













「…優しい人だな。貴女は」











心優しい姫だと思う。






私の答えになっていないそれに、戸惑っているのか俯いてしまった姫に、微笑む。

 











「ただ…」











そして不意に外に視線をやると、濃くなってきた夜の色に染まる空を見つめて、思った。

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