第29話
「先の戦では家臣皆がお前を生かし…そして此度の上洛でお前が島津の皆を守り生かしたのだ。
ただ逃げたい半分だったとしてもな。
何よりお前はまだ若い。
追いつかぬその心で今も迷って…自問自答し何度も躓いて。
ただそんな心の痛みを知るお前でしか…できぬ守り方もあろう」
私にしかできない、守り方。
それは何だと己に問う。
だけど泣いているせいでぼんやりする頭は働かなくて困ったなと思った瞬間、叔父上が突然笑いだして驚いた。
「…と、まぁ…偉そうなことをお前に言っておるが」
そこで言葉を切ると、叔父上は自分の頭を撫でながら笑った。
「負けた挙げ句こんな頭になったわしが言うのは…少々説得力に欠けるかな」
思わぬそれに、気が抜けてぽかんとする。
「…まぁ…我ながらもはや似合っているとは思うのだが。ただ可愛い娘には阿保のように笑われた。して今さらだが、お前はどう思う。久保」
降伏のために出家して丸めた頭を触りながら
突然そんなことを聞かれ、意表を突かれ不覚にも少し笑ってしまう。
「……どう、と言われましても…」
それを叔父上が見逃すはずもなかった。
「…あ、お前も今笑ったな?」
「…いえ」
「いや、笑ったな。確かに見たぞ」
そう言いながらまだ頭を撫でているから、なんでここでふざけてくるんだと不意に笑えてくる。
真面目な話をしていたはずなのに。
「すみませぬ。…続きを…」
戯けてくれる叔父上に慌てて手の甲で涙を拭ってそう頭を下げると、思わぬ言葉が頭上から降ってきた。
「…それじゃ。
お前にはその笑顔じゃ。…久保」
思わぬ言葉に、そっと顔を上げる。
すると叔父上は先程までの戯けた雰囲気など微塵も感じさせぬ優しい微笑みを浮かべていた。
「お前のその笑顔は皆を安心させる。それは上に立つ者として、何よりも大切なことじゃ」
そう言って私の肩をぽんぽん、と叩くと立ち上がって縁側に立つ。
そして夏の空を見上げた。
「…もうじき、豊臣の元に天下は統一されよう。まだわからぬが…これから少しずつ…限りなく戦のない世が近づいてくることだろう。そのような世で必要なのは…わしのような戦に明け暮れる無骨な男ではない」
そう言うと、静かに振り返った。
「…お前はお前らしく…優しく島津を導け。久保。
それがお前の宿命であり…そして天命なのだ」
その言葉が、どういうわけか心の深いところへ染み渡っていく。
染み渡って…積み重なっていく。
それを感じながら、気がつく。
ただ家督を継ぐことが私の天命なのではなく。
継いで、そしてありのままに…優しく島津を導くということこそが。
天命なのだと。
そしてその全てが私のこの身に宿る…
———————————————宿命なのだと。
「……私に…できる…でしょうか…」
だけどいくら天命なとど言われても。
私のような青二才が島津を守り、そして導くなど…。
「—————————できる」
強いその言葉に、そっと叔父上の表情を伺う。
視線が絡み合うと叔父上はふわりと微笑んだ。
「…まぁ…それよりも」
そこで叔父上は言葉を切って、腕を組んで溜息を吐いた。
「寧ろ…あれの手綱を握るほうが何倍も大変かもしれんなぁ…」
その言葉に、一瞬思考が止まる。
「あれ…とは…?」
そう聞き返した私に、叔父上は困ったように笑う。
「……先に謝っておく。すまぬな、婿殿」
婿殿、と言われたことで全てを理解して思わず笑う。
あれ…か。
「ほれ。あまり泣くな。せっかくの男前が台無しだぞ。まぁわしほどではないがな」
さらに戯けてくれた叔父上に、笑って涙を拭う。
…天命と、宿命か。
僅かに解れたこの心で、騙されたと思って…ありのままにただ受け入れてみようか。
少しだけ、逃れることを止めて。
己に与えられしこの天命と…その宿命を。
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