第20話

「…そういえば」







「はい?」







立ち上がり唐突に落とされた言葉に、素で答えてしまう。







「そういえば、です!」






少し大きな声でその打掛を綺麗に翻して私に向き直る。








何を仰るのかとただ待っていると、姫は少し怒ったような表情で言った。











  

「どうして昨日お会いしたとき、名乗ってくださらなかったのです?そしたら今日こんなに驚くことはなかったのに」









…何を言うかと思えば。







くるくると変わる表情に、思わず吹き出してしまう。







珍しく声を上げて笑う私に、遠くに控えている家臣達がぎょっとしているのも…もはや気にならないくらい。








確かに名乗ってもよかった気もする。








…何と答えればいいだろう。







そう考えながら、目の前で少しむすっとしている姫にそっと笑った。

















「…久々に会う従姉妹いとこ殿を驚かせようと思いまして」



















そう悪戯に言う私に少し根負けしたような表情をする姫は、そういえば2つくらい歳上だったなと思う。









「…私のことは、すぐにわかったのですか?」








自分は誰かわからなかったのに、私が姫のことを知っていたのがこの姫はどうやら不服らしい。







「いえ。流石に覚えていなかった。ですが…周りからあんなふうに言われていたからすぐに気がつきました。貴女が亀寿殿だろうと」







あの箱庭で見た、涙に揺れた瞳をふと思い出していると、静かな声が耳を掠めた。









「……お恥ずかしいところをお見せてしまいましたね」









少し怒っていたかと思うと、今度は凛と落ち着いた表情に見えて。







…本当に調子が狂う。








それを隠すように、戯けてみせた。









「皆簡単に騙されてくれるから面白かったですよ。あの時は我らが島津の者だとは誰も思わなかったでしょう」







すると、姫はやはりころりと雰囲気を変えて明るく笑った。







「ふふ。確かにそうですね」










そのくるくると変わる表情に追いつけなくて、どうしてか戸惑う。






それを気取られたくなくて、そっと雨を降らせる空を見上げた。









しとしとと降り続くこの雨が上がれば、きっと眩しい夏が来る。







初めて国元を離れて迎える、きっと緑豊かな夏が。






…その緑を少しでも感じられるといい。








そう、ただ願って。

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