第19話
そう言って一頻り笑い合うと、ふと思った。
「…先の戦は、大変でしたね」
そして女の身で上洛など…ただ純粋に大変だっただろうと思う。
「義久叔父上も出家され、なにも女子の亀寿殿までこんな遠いところまで連れて来ずとも。人質ならば男の私だけで十分だというのに」
純粋にそう思ってそんなことを口にする。
すると姫も小さく呟いた。
「…武家に生まれた者の
その言葉に、純真なのだなと思う。
限りなく近い境遇にあるはずなのに、淀んでいる私とは違って。
…島津を守りたいと心から思うその半分…逃れてしまいたくて堪らない相反する感情に苛まれ、狂いそうになっている私とは違って。
すると姫は静かに呟いた。
「久保様こそ…これからの島津を率いていく御方です。その御方が京になど…」
やはり、宗家の姫からしてもそうなのだと思うと苦笑いする。
島津義弘の嫡男である私が、男子のいない島津宗家の惣領。
つまり…後継者。
正式に指名されたわけではないが、島津家ではどういうわけかそれが暗黙の了解になっている。
それは、どうやっても逃れられない私の宿命なのか。
まだ正式に指名されていないことに、みっともなくも私は
そんな無様な私をじっと見ているその真っ直ぐな瞳に、逃れたくてたまらない方の心などみっともなくて見せられはしないと思う。
…一応、男として。
そんな事を考えながら、姫の前から静かに立ち上がる。
そして、しとしとと雨を降らせ続ける空を見上げた。
「…私も父上と、皆と戦に行きたかった…。島津のために戦いたかった。だけど跡取りだからと戦に出してはもらえず…」
跡取りだから、戦に出るなと。
本当に私が跡取りならば、だからこそ行きたかった。
家臣皆と共に戦って、島津の行く末を見つめたかった。
「…だからこの身が役に立つならば、人質でもなんでも受けようと思ったのです。死んでいった家臣達がいてくれたから、今の島津があるのですから。その皆が守ってくれた島津を私が人質になることで守れるのならば…それでいい」
これは紛れもない私の本心。
それなのに、半分逃れたかったという気持ちもある己に心から嫌悪感を抱く。
…誰か助けてほしいと思う。
そんな私を嘲笑うかのように、 降り続く雨の音が響く。
何と返していいのかわからず言葉を探しているような姫に、はっとして笑って明るく続けた。
「…だからさっきの謁見の時もあんな大口を叩いてしまいました。父上や叔父上に聞かれたら殴られるかもしれません。内緒にしておいてください」
ふ…と人差し指を口元に当てて、戯けてみせる。
すると姫も人差し指を真似て、ふふ、と笑った。
「はい。二人だけの秘密、ですね」
やはり可憐な姫だと思う。
決して奢らず、謙虚で慎ましやかな。
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