第二章〜惣領〜
第21話
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「もっと姿勢を正して…そうじゃ、よく狙え」
天正16年7月。
あの謁見から、一年が経った。
入道雲が広がる青い空に蝉の声が響く。
京の夏は日向と違い蒸し暑い。
そんな中、久々に体を動かして気持ちがいいと思う。
昨年の6月中旬に私と姫が秀吉に謁見してからすぐ、島津家の当主である義久叔父上も上洛してきた。
それから人質とはいえど自由に暮らすことができて、京にも慣れてきたと思う。
「さすがじゃ。よく鍛錬しておる。筋が良い」
「ありがとうございます」
「ではもう一度じゃ!」
「はい!」
今日はどうしてか突然義久叔父上に呼び出され、今に至る。
来てみれば叔父上手ずから刀の稽古をつけてくださるということで、純粋に嬉しかった。
…身体を動かしている間は、何も考えずに済むから。
「父上、久保様。この暑さではお身体を壊します。このあたりでお茶にいたしませんか?」
ふと声をかけられ、そちらを見ると。
姫が茶を淹れてきてくれたらしく小さく頭を下げる。
姫とは時々こうして叔父上に呼ばれた時に顔を合わせるくらいだった。
あぁ、何度か姫の買い物に付き合わされた事はあったかな。
……叔父上に命じられて、姫の用心棒代わりに。
「うむ。久保は上背も伸びて良き武者ぶりじゃ。だがあれの倅がこんな優男になるとは。分からんものじゃの」
…あれとは、父上のことだろう。
私の背をバシバシと叩きながら、叔父上はお茶をすする。
一家臣としてではなく、限りなく甥として接してもらえるのは純粋に嬉しいと思う。
「すまぬ。亀寿殿」
そっと差し出された茶の入った湯呑みを受け取り、小さく頭を下げる。
すると姫は屈託なく笑った。
「いえ。すみませぬ久保様。煩い父上で」
姫とも主従ではなく従兄弟同士として接してくれているのは、こちらとしては気楽でありがたい。
わざとらしく言った姫に、叔父上は戯けて声を上げた。
「なんだと?!可愛い甥っ子に武道の指南をしておるだけではないか!」
「義弘叔父上がしっかり教えておられますわ。川上経久もおります」
川上経久は島津宗家の家臣であり、世嗣に弓馬を教える家柄の者。
経久には元服する前から指南を受けているが、高齢なのに無駄に壮健で…ある意味怖い。
「それに、もう充分お上手です」
「なんの!武士はいつ何時でも鍛錬を怠ってはならんぞ!」
きっと目に入れても痛くないくらいの可愛い娘御と言い合いをしている叔父上は、あの頑強な島津義久だとは思えなくて少しおかしくなる。
「ところで、今日は何故久保様をお呼びに?」
姫が尋ねると叔父上は、うむ…と言っただけで、黙ってもう一口茶を啜る。
姫の前ではいつも飄々としている叔父上のそんな様子は珍しく、ちらりと姫を見るとばちりと目が合う。
何か、ご存知なのです?
目でそう尋ねられた気がして、慌てて首を横に振った。
黙ってお茶ばかり呑む叔父上に、姫が明らかに探るような目で見ている。
何か言い辛いことなのは間違いないだろう。
姫がじっ…と叔父上を見るが、二人の視線が合うことはない。
「…席を外しましょうか?」
部外者の自分は席を外したがいいかもしれない。
この場の空気にそう思って、湯呑みを置いて立ち上がりかける。
すると。
「…よい。お前にも話がある。久保」
漸く口を開いた叔父上は湯呑みを置くと、部屋に上がれ、と私達二人に合図した。
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