第13話

私は小さく笑うと、しっ…と立てた指を口元に当てた。









「…とりあえず、これでしばらくは大丈夫でしょう。落ち着かれたら自室に戻られるといい」











そう言った私を見るその目がやはり潤んでいて、完全に泣き止んだ訳ではないのだと思って少し戸惑う。







泣く女の相手なんて…どうすればいい。







しかも相手は太守様の御息女。









なんて考えていたら、ふと自分の足元に花を抱いた一本の枝が落ちていることに気づく。








桜…?






明らかに狂い咲いている。







まだ若いし…植えたばかりなのか。







にしても6月だぞと思うが、他に頼るものもないからとりあえず拾い上げた。











「…植えたばかりで、狂い咲きのようですね。この桜」










そう言って、その桜を差し出す。

 






桜なんていつ見たきりだろうかと思う。






今年の春は戦の最中で、咲いていた記憶すらない。





そもそも花を美しいと思ったことなんて…あまりない気がする。







…己の存在意義を、見いだせなくなってからというもの。








そんなことを思いながらも、ぼんやりと受け取ってくれたその表情が少しだけ綻んだ気がして、ほっとする。









「…綺麗…」












そう呟いかれた言葉に、あぁ、この姫は自分とは違い、ただまっさらなのだと思って微笑んだ。











「…すでに島津は降伏しているのです。形だけの謁見になりますよ。大丈夫。…だから適当にやりすごすといい」












思わずそんなことを口走って、しまったと思う。






明日島津の謁見があるのを知ってるのなんて、島津か豊臣かどちらかの人間しかあり得ないはずなのに。







少し焦っていると、姫はそんなことは露知らず桜を持った手で口を覆って少しだけ笑う。







その笑顔につられるように、私も思わず微笑んでいた。









私とは違い何の汚れもなく…








————————ただ綺麗だと思ったから。

















それになんだか恥ずかしそうに俯いた姫に、どうした、と思った瞬間。





遠くから人の声が聞こえた。










「全く!若!どこにいかれた?!」







 






その聞き覚えのある声に、心の中で舌打ちをする。







…忠継。あいつどこに行ってた。









捕まると小言を言われて面倒だな、なんて思っていると涙を拭いながら姫が小さく呟いた。










「…そちらも追われていらっしゃるのですか?」









きょとんとした表情で聞かれて、思わず気が抜ける。




 




「…そのようです」










目が合うと、同時に笑ってしまった。















「…笑ってくれましたね。よかった」










純粋に、笑ってくれてよかったとそう思う。





麗しい宗家の姫に涙は似合わない。







やはり…島津の全てを背負うのはこの私でいい。



   




私だけで、いい。







そして振り返りざまに笑ってみせた。
















「明日の謁見は…全て私にお任せを」


















それだけ言って、足早に歩き出す。










「…若!!」







「まったく!何処へ行かれたのだ!!」







 



…お前のほうがどこに言ってたんだ。









そう思いながら、とりあえず逃げてやろうと心に決める。







そして現世うつしよに戻るかのように美しい花が咲き乱れるこの箱庭に背を向け、足を踏み出した。

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