第12話
「亀寿姫様?!亀寿姫様!」
島津の侍女…だろうか。
慌てるその声を聞きながら、一瞬状況が理解できない。
ただ目を凝らす。
するも聚楽第の真ん中にある箱庭に咲き乱れる花々が、風もないのに揺れていた。
そっと歩み寄ると。
ばらばらと、色とりどりの花が散っていた。
その花の中で隠れるように身を屈め、耳を塞ぎ震える姿を見た瞬間。
全てを理解すると同時に無意識に身体が動いていた。
「…島津の姫ならば、先程…あちらへ」
さり気なくその身を隠すようにその前に立ちはだかり、ここと真逆の方向を指差す。
島津の侍女ならばこの従姉妹殿が逃げるはずがない。
だから豊臣の侍女だと踏んで、
「まぁ、忝のうございます。失礼ながらどこのご家中の方か御名をお聞きしても?」
助かったと言わんばかりの表情を浮かべている侍女に、ふわりと微笑んでみせた。
「…いえ。名乗るほどのことはしておりませぬ。この広い城内、男の私とて迷うほどです。なかなか見つからずともあまりお責めになられませぬよう」
…この姫と同じ島津ですが。
なんて、一瞬言ってやろうかと思ったがとりあえず踏みとどまる。
別に名乗りたい程の名ではない。
そう笑顔の裏で悪態をついて、適当にあしらう。
私が指差さした方に小走りで駆けていった侍女を見送ると、静かに呟いた。
「………これでよかったでしょうか?」
振り返ってそう言った私を驚いたように見ているその瞳が、涙に濡れている。
それを見て階段を降りて庭に降り立つと、打掛が汚れることも厭わず花々の間にしゃがみ込んでいるその姿を漸く目に映す。
この姫が。
…義久叔父上の…いや。
————————太守様の御息女・亀寿姫様。
初めて見る高貴なその姫は…
————————花のようで可憐だと思った。
手も届かぬはずの高嶺の花がこんなところで人知れず泣いている…と思うと、どうしてか不思議なものを覚える。
「…か、忝のうございました」
姫は立ち上がろうとしたが、打掛を雑にたくし上げていたし、泣いたこともあってふらついてしまう。
思わず手を伸ばしてその肩を掴んで支えると、その肩がびくりと跳ねた。
「申し訳ありません…!」
すると慌てて私から離れて、そんなことを口にする。
この姫は、まさか目の前にいるこの私が自分の家である島津宗家の分家筋の男だなんて…ましてや従兄弟だなんて微塵も思ってはいないのだろうと思うと。
なんだか…少し可笑しくなる。
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