第11話
「…あれが島津の…」
どれだけそうしていたか。
宛もなくただぼんやりと青空を見ながら歩いて、角を曲がった瞬間にその先の遠い所から聞こえた話し声にふと足を止める。
島津の?
島津の人間なんてここには自分しかいないはず。
そう思って辺りを見回すが、誰もこちらの方なんて見ていない。
明らかに違う方を見ている。
「あぁ。島津義久の娘だそうだ」
思いがけない言葉に目を細める。
島津義久の娘?
そこまで考えて、一気に思い出した。
先に上洛しているはずの…2つ歳上の
———————亀寿殿…?
…ではなく、
なんて思いながら、顔も知らぬ従姉妹を探すように周りを見渡す。
だがここからはそんな姿は見えない。
「島津も負けたか…」
その間にも聞こえる島津の敗北を皮肉った言葉。
だがもはや怒りさえ沸いてこない自分を心の中で小さく嘲笑う。
「島津は九州制覇目前だったそうではないか。
…それはそれは…残念なことだな」
九州制覇。
それは島津の皆の悲願だった。
…忠恒が言った通り、私は心を殺しすぎたのだろうか。
「島津義久…娘を差し出すとは…」
なんて思っていたら聞こえてきたその言葉に、ちくりと胸のどこかが痛む。
きっと家の為と叔父上に言われてそれに従い、上洛しただけなはずの従姉妹。
好き好んでこんなところにいるわけではないはず。
背負うものから逃れたいからなどという…半分は
「殿下に娘が気に入られたら、島津はさぞ嬉しいだろうなぁ」
「島津の娘を手に入れれば、西国九州を支配下に入れたと見せつけられるものな」
だけどぼんやりと聞いていた、女に向けられる特有のその卑しい言葉に、じわじわと不快な物が込み上げてくる。
……だからって女をこんなに侮辱することもないだろうに
見苦しい。
男のくせに。
ふと、苛立ちに似た不愉快さを感じている自分に気がつく。
自分の事をどう罵倒されようが
他人が言われることに対してはまだそんな感情を持つことができるのだと、どういうわけか少し安堵した気がした。
…笑いたければ、
ただその姫ではなく…
どう足掻いてもこの身に流れる島津の血からは逃れられないのに、ただ諦め悪く無様に抗っている…
———————————無様なこの私を。
別に…痛くも痒くもない。
そう思って島津の家紋を隠すように反対に向けて腰に差していた懐剣を、家紋が見えるように左手で帯の内側で反転させて足を踏み出そうとしたその
俯いていた目の端に一瞬、鮮やかな色が掠めていった。
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